ダウジングならミズミチが一発でわかる?
今、私のいるプラント工事の敷地は人工島の上にある。
島ができてから既に20年以上経過しているが、未だに地盤沈下が続いている。小さいところで月間5mm、大きいところは月間8mmほどの沈下が計測されている。
この現場では、現場敷地内にタンクや配管類の間を縫うようにS字に敷地内道路を舗装するべく、掘削作業が始まろうとしている。
どんなに晴天が続いても、常に濡れてジメジメし、歩くとグニャグニャするところが何か所かある。恐らく、下にミズミチがあるからだろう。
そんな話を機械設備の上下水道、消火ポンプなどを扱っている職人たちにすると、その中の一人が「ダウジングで調べたら一発で分かるのになあ」と言った。
ダウジングとは、水脈や鉱脈などを棒や振り子のような道具で探し当てるものだが、その言葉を聞いて私はモンゴルでの体験を思い出した。
ベンツに乗って現れたダウジング調査官
モンゴルは年間の平均気温が0℃以下で、国土のかなりの部分が永久凍土となっている。そのため、建築も独特の二重壁構造で、地上階は外部GLより必ず半階分上がっている。
ちなみに、昨今は永久凍土と指定されていた箇所の凍土が溶け出し、建築できる範囲が見直しを迫られてるらしい。
私は、そんなモンゴルで学校の新築2棟を担当したことがある。
建築可能な期間は、外気に接する部分は4月から9月頃まで。その間に外部を仕上げ、残りの厳冬の期間で内部を暖房しながら内装工事を進めるのが一般的な工程だ。
私がモンゴルに行っていたのは1月下旬から7月までだったが、それでもその間の最低気温は-40℃までいった。一番厳しいのは12月と1月で、-60℃近くまで下がることもあるという。
私の担当した郊外の学校の現場は、周囲に石炭採掘が多く、坑道があっちこっちにあった。
現場を既定の深さまで掘削した時点で、表面にあった亀裂がドンドン大きくなってきた。その中に小石を落とすと、かなりの距離落下した後に、ポチャンと水たまりに落ちる音がした。
結局、その調査をしなければいかなくなったのだが、モンゴル政府側が提案したのがダウジング調査だった。
現場に来た政府公認のダウジング調査官は、助手2人を連れてベンツに乗って颯爽とやって来た。
立派な木箱のケースを仰々しく開けると、その中に中空の円柱の木製の握り棒3セットと、その溝に入れる直径3mmから5mmほどのステンレス製のL型の棒が、しっかり周囲をスポンジで型取りされた中にキレイに納まっていた。
ダウジング、スタート!
基礎の最下レベルまで掘削した地表に表れた数本の亀裂からスタートし、その延長線を特定し、基礎下になる部分にはボーリングで孔を開けて生コンを流し込むプランが、日本のコンサルタント本部から指示された。
だが、問題はその推定打設量。何と1,200m3となっていた。こればっかりは、実際に打設してみないと分からない。
ダウジングの調査官は、揃いのツナギの服に着替え、助手の若い女性が亀裂の端部に立ち、リーダーの指示に従って歩く方向を決める。
私はこの様子に興味津々で、すぐ横に立ってダウジング棒がどう開くのかをジーっと見ていた。
最初の5,6mは何の動きも無かったが、10mほど歩くとほぼくっついていた2本の棒がスルスルと開いたのだ。私は、「本当に動いた!」と目を見張った。
そんなことを4,5時間ほど繰り返す。地表に印をつけ、それを図面に書き写し、ミズミチがどう走ってるか推定する。
ただ、ダウジングで分かった水の位置と亀裂の位置が一致するとは限らない。要は、基礎が沈下するのを防ぐのが一番の目的なので、地下にミズミチがあったとしても、そこが沈下しなければ何の問題もない。
結局、ダウジングの結果と表面の目視できる亀裂の両方を頼りに、その延長線上の点を予測してボーリングを繰り返し、その中に生コンを打設する方法が採用された。
建物の外形の下に、斜めに全部で15本、総延長約300mの亀裂線に沿って、3mピッチでボーリングをやった。
半数以上がボーリング限界の10mまでの孔を掘っただけだが、たまにズボッと掘削ドリルが下に抜け、ガラガラと崩れる音が聞こえ、亀裂が現れることもあった。
結局、総量300m3のコンクリートが亀裂の中に吸い込まれた。
日本の公共工事で、ダウジングを使えるか?
現場に来たダウジング調査官に、ダウジングに使う金属棒はどんなモノが一番良いのか、聞いてみた。
すると、「これが一番良いんだよ」と、自分の使ってる道具を指さした。ダウジング調査官が言うには、ちょっとした金属棒の動きにでもしっかり反応できるよう、握り棒の真ん中に開いた孔の内側が大切なんだという。
「ここだけは何の抵抗もなく、クルクル回り続けるくらい表面が平滑じゃないとダメなんだ。だから、毎日磨いてツルツルにするんだ」
確かに、孔の内側もステンレスの棒も、ピカピカに磨いてあった。
「それを使えば、私にもできるかな?」と聞くと、「良い道具さえ揃えば、誰でもできる」らしい。「それなら、ちょっと私にもやらせてもらっていい?」と聞いてみたのだが、「それはダメだ!この器具は触らせない。手の油や汚れが付いて、万一錆びたら困る」と言われてしまって、やらせてもらえなかった。
モンゴルでは、多くの人間から「ダウジングは役に立つ。理屈がどうであれ、水に反応して金属棒が開くのは本当だ」という。中には、「あれが無きゃ、仕事にならない」と、言い切る人もいたくらいだ。
実際にダウジングの実力を目の当たりにした私は、今の科学では説明できないかたらと言って、ダウジングを否定するのはオカシイのでは?と思うようになっていた。
ただ、日本の公共工事で「ダウジングで調査します!」と言ったら、役人はなんて言うだろうか? 科学的根拠を出せとは間違いなく言うだろうが、どんな反応をするのか一回言ってみたいみたいもんだ。
反面、理屈抜きでもダウジングを「効果あり」と認めている国や、試験の合格者に免許を与えている国もある。
いずれにしても、何が正しくて何が間違っているかなんて、場所が違えば簡単に逆転する。
私もついつい自分の中の既成概念で判断しがちだが、「所変われば品変わる」だ。これだけはどんな現場でも肝に銘じている。