施設を利用する人のことを考える
建設業はモノづくりの仕事だ。言い換えると、「モノづくりを通してサービスする」のが仕事だ。
公共の利益に資するものを造り、利便性や安全性を提供する。利便性や安全性というのは、目に見える財ではない。一括りに安全性といっても、何がどのくらい安全なのかが形となって見えるわけではない。
しかも、それらは施設ができて、利用する人がいて、利用する人がどう感じるか?による。どう感じるか?は人それぞれであり、便利だと感じる人がいれば不便だと感じる人もいる。定量的に判断できる要素ではない。
技術者や作業員からすれば、「造ることが仕事である」と考える人も多いだろう。それはその通りだ。私も同感である。一方で、”利用する人がいる”ことも頭に置いておいたほうがいい、とも考えている。当たり前と思うだろうが、その当たり前が日々できているかどうかを今一度考えてみてほしい。
技術者や作業員の中には、”利用する人”のことを見据えて仕事に向き合っている方もたくさんいる。いくつかの仕事先の中でお見かけしたことがあるが、そういう人をみると心身が引き締まる。お話を伺うと「この施設を造ることを通してサービスしている」ということをおっしゃっていた。この言葉を聞くたび、納得していたし、せざるを得なかったのを覚えている。
やはり、建設業はモノづくりを通してサービスする仕事である。読者の皆様はどう思われるだろうか。ぜひご意見を伺いたい。
建設業は基本的にエンドユーザーの使い勝手を念頭に設計から施工まで流れができているのが本来のあるべき姿だと私は日々感じています。
技術屋は想像力が必要となってくるのは自明であり、土木・建築・電気・機械一辺倒だけ勉強していればよいわけではないと思います。
世の中の情勢を見渡し、幅広い視野を持つことを通してエンドーユーザーにとってより良いサービスを提供できるのではないかと考えます。
よく言われることですが、目的と手段を間違えてることが多い。作るのは手段であって目的はそれを作ることによって、快適になったり、幸せになる人をつくること。
建設業という究極のものづくりをサービス業というのなら、世の中の全ての仕事はサービス業になる。
この記事を否定しているわけではなくて、働くということはそういうことだというはなし