廃坑をイメージしたジェットコースター建設工事
某人気テーマパークにおいて、ジェットコースターの建設工事を担当した際、たった一人の鳶職のアイディアが、工期を半減させる結果となった。そんな話を鳶職Aさんから聞きましたので、その工期短縮方法を簡単にご紹介します。
そのジェットコースターの建設工事は、アメリカの廃坑をイメージした岩山を鉄骨で構築。岩山の構造は、下地の鉄骨に「ロック」と呼ばれる鉄筋の骨組みにラス網を貼り、モルタルを吹き付けられるように作られたもの。
鉄骨は通常の建物と同様に組みますが、そのあとにロックを取り付け、さらにハネダシ足場を設置します。ハネダシ足場は、岩山の表面をモルタルの吹き付け塗装などで仕上げるために必要となります。現場には建方用クレーンとして、100tクローラーが常設されていました。
最大のネックは「高所作業」
ジェットコースターの建設工事が着実に進むと、岩山の下地鉄骨の高さが増してきます。頂上まで残り10mという、一番高い岩山頂部の部分に差し掛かったとき、鳶職Aさんは鉄骨の図面を見直しました。
なぜなら、この部分は、今まで施工してきたなだらかな岩山と違って、ほぼ垂直に伸びる高さ30mの構造で、作業の危険度が高まるからです(図1)。

【図1】最高部10mの岩山頂部はほぼ垂直で作業が危険
鳶職Aさんいわく、このジェットコースター建設工事で、最大のネックとなったのは「高所作業」だということ。人々に夢と希望を与えるアミューズメント施設で事故を起こすわけにはいきません。
鉄骨建方以外の作業でも、ロックの取り付け、アングルを使って作るハネダシ足場など、高所作業の頻度が高く、墜落や転倒の危険を伴います。
足元が不安定であることが原因で、資材を揚げる作業から施工に至るまで、関連作業の延べ人工は、地べたで施工する場合の3倍も掛かると、鳶職Aさんは予想しました。
……そこで鳶職Aさんが提案した施工方法が下記です。
- 1.岩山頂部の残り10mにあたる上部鉄骨構造は、柱のジョイント部が同一の高さ位置であることから、上部鉄骨部分だけを「地組み」することにした。
- 2.地組みする場所として、広いスペースを確保する必要があるが、ちょうど、ジェットコースターの整備・点検倉庫の床レベルのコンクリートを打設した直後だったので、その場所を地組み場所として設定した。
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【図2】高さ10mの岩山頂部は、ジェットコースターの点検車庫倉庫を利用して地組みした
- 3.上部鉄骨部分を地べたで組み立てた後、ロックの取付け、足場用ブラケットの取付け(アングル溶接)、ブラケット足場の組み立て、昇降設備の取り付けも地べたで実施した(図2)。
- 4.そして、地組みした岩山をクレーンで最上部に設置(図3)。

【図2】地組みした岩山頂部をクレーンで最上部に設置
人工と工期を半減させる鳶職のアイディア
以上のように、岩山頂部の最上部10mを、地上で地組みすることによって、鳶職Aさんは高所作業を6割以上も減らすことに成功しました。
鳶、鍛冶工などの作業効率は向上し、100tクローラークレーンの使用頻度も減少。延べ人工は予想の半分以下になり、工期もかなり短縮しました(表1)。
【表1】延べ人工と工期の半減に成功
予想された人工 | ⇒ | 実際の人工 | |
鳶、鉄骨組立て | 8人工 | ⇒ | 4人工 |
足場の組立て | 12人工 | ⇒ | 5人工 |
岩山の取付け | 8人工 | ⇒ | 4人工 |
鉄骨工本締め | 4人工 | ⇒ | 2人工 |
雑鍛冶 | 12人工 | ⇒ | 5人工 |
計 | 44人工 | ⇒ | 20人工 |
このジェットコースター建設工事では、たった一人の鳶職の発案・発想が現場全体を刺激し、改善活動が活発化。竣工まで3年を予定していた工事が、約1年半で完了したそうです。
今でこそ、日本中の女子高生、紳士淑女に人気のジェットコースターですが、総工費数十億円、延べ数万人の建設技術者・技能者が従事したこの建設工事では、「地組み」という、エンターテイメントらしからぬ地味なアイディアが工期削減に大きく寄与していたのでした。
施工管理技士、現場監督の皆さんにも、現場運営上の工期短縮・コスト削減の「着想の種」にしていただければ幸いです。
現場で働く職人さんの経験は馬鹿にはできない。机上でイメージするのと経験で得られたイメージは雲泥の差でしょう。ブルーカラーならではの発想力はホワイトカラーには出せない。
魂は現場に宿るとはまさにこのことだと思います。