土木学会は5月16日、2021年度の土木学会賞を決定した。総応募件数は265件で、受賞は131件であった。土木学会賞は学会創立後6年目の1920年に「土木賞」として創設して以来、大戦終了後の1945年から48年までの一時的な中断はあるものの、90余年の伝統に基づく権威ある表彰制度だ。
功績賞は、元土木学会会長の小林潔司氏(京都大学名誉教授・同大学院経営管理大学院特任教授)や22年度会長の上田多門氏(深セン大学特聘教授・北海道大学名誉教授)など13人に贈られた。
技術賞では、画期的な個別技術を評価するIグループは、国内初となる山岳トンネルにおける遠隔技術を活用したICT施工(玉島笠岡道路六条院トンネル工事)など14件、画期的なプロジェクトを評価するⅡグループでは陸前高田市震災復興事業の工事施工等に関する一体的業務など12件。
また、注目された田中賞の作品部門(新設・改築・技術)では、多摩川スカイブリッジや重要文化財美濃橋修理工事など6件に栄誉が与えられた。田中賞選考委員会の委員長は、国土技術政策総合研究所長の木村嘉富(きむら・よしとみ)氏。「作品部門」は橋梁やそれに類する構造物の新設ならびに改築で、計画、設計、製作・施工、維持管理の配慮などの面において特色を持つ橋梁を対象とし、構造物に適用された特殊な技術、革新的な技術も作品とみなしている。
環境賞は、先進的な土木工学研究を対象とするⅠグループでは5件、画期的なプロジェクトを評価するⅡグループでは2件がそれぞれ受賞した。
その他各賞では、研究業績賞3件、論文賞8件、論文奨励賞8件、吉田賞(研究業績部門)2件、同(論文部門)3件、田中賞(業績部門)5件、同(論文部門)3件、技術開発賞7件、出版文化賞2件、国際貢献賞4件、国際活動奨励賞17件、国際活動協力賞7件、技術功労賞10件であった。
塚田幸広専務理事は今年の受賞内容について、「技術賞については、Ⅱグループを見ると今回は早期に災害復旧した技術が多かった。Ⅰグループでは、メンテナンスの時代ということもあり、維持管理技術やプレキャスト化、施工の合理化、自動化、遠隔操作などのICT、東京五輪に関わる内容のものが多かった印象」だと語った。
今回は、施工技術者に深い関りのある田中賞の作品部門についてリポートする。
田中賞の由来「田中豊氏」とは?
土木学会田中賞とは、1966年、土木学会が、橋梁・鋼構造工学での優れた業績に対して、土木学会賞のひとつとして設けた。関東大震災後の首都復興に際し、帝都復興院初代橋梁課長として、隅田川にかかる永代橋や清洲橋といった数々の名橋を生み出した、田中豊博士に由来する。
当時の橋梁・構造工学界の権威者であり、あげられた業績は文字どおり日本の橋梁界、鋼構造界の育ての親と呼ばれるにふさわしいものであった。土木学会田中賞の内容は、研究業績部門、論文部門、作品部門の三部門から構成している。ちなみに、作品部門は、橋梁が多くの人びととの共同作業の成果という点から、受賞対象は企業者、設計者、施工者などの組織あるいは特定の個人ではなく、あくまでも作品である点は、他の土木学会賞と異なる特色と言える。
今回はその作品部門を見てみよう。
2021年の受賞作品は、スリランカのケラニ河新橋、多摩川スカイブリッジ、有明筑後川大橋、蓼野第二橋(下り線)の床版取替、重要文化財美濃橋修理工事、防水層にUFC を用いたプレキャストPC 床版(UFC 複合床版の6件。順を追って評価された点にアプローチする。
鋼橋とPC橋の品質向上技術が結集したケラニ河新橋
まず紹介するのは海外の橋梁であるスリランカのケラニ河新橋だ。
鋼橋区間では、脚の隅角部溶接は、モックアップモデルを作成し、溶接姿勢・溶接条件・溶接順序などを事前検討し、エンジニア立会検査を受検し、要求品質を満足させた。キャンバーは、ねじれを考慮し左右ウェブで別に設定した。合成床版にリバーデッキを採用し、高力ボルトはワンサイドボルトを使用し、足場の省力化を図った。
次に、PC 橋区間では、マスコン対策として、①練り混ぜに氷を用いてフレッシュコンクリート温度を25 度以下に低減、②フライアッシュセメントの使用(25%置換)、③コンクリートの断熱温度上昇試験とその結果を反映した温度応力解析などを実施したことで、鋼橋やPC 橋に対するさまざまな品質向上への新技術が認められた。
他には類を見ない橋梁美を実現した多摩川スカイブリッジ
次に多摩川スカイブリッジだ。多摩川河口の豊かな自然環境に最大限配慮し、維持管理性や景観性の両立を追い求め、他には類をみない橋梁美を実現した国内最大の複合ラーメン橋。計画、設計、工事までわずか8 年とかつてないスピードで完成した。
構造形式は、貴重な河口干潟が存在する生態系保持空間を改変しないなど、自然環境に最大限配慮し、鋼3 径間連続鋼床版箱桁橋としており、更に軟弱地盤と深い支持層を考慮し、複合ラーメン構造を採用することで、国内最大の中央支間長240m としながら、桁高を7m にまでに抑え、河口の水平基調の景観に調和するスレンダーな形状を実現している。
国内初の2 連の鋼単弦中路アーチ橋を実現した有明筑後川大橋
今度は九州の有明筑後川大橋を紹介する。
橋長450m、最大支間長170m の国内初の2 連の鋼単弦中路アーチ橋である。広がりのある平坦な地形の中で、昇開橋やデ・レイケ導流堤などの歴史遺産に寄り添い、貴重な風景と調和した美しい姿で共演することで、準主役級の役割を持って風景全体を引き立てあうことを設計コンセプトとしている。周辺風景および歴史遺産群と共存するデザインとして、「横への広がり感」や「河川を軽やかに跨ぐ軽快感」を実現するため、張出し長の拡大(5.1m)、アーチ断面の変断面、吊り材のクロス配置、夕日に美しく映える色彩などが採用されている。
維持管理性の向上に向けて、構造上重要な箇所へのアクセス、維持管理時の動線確保や維持管理CIM モデルの検討を行い、将来的な点検や維持管理作業の効率化を図っている。
歴史遺産に寄り添い、貴重な風景との調和に十分に配慮しながら、国内初の2 連の鋼単弦中路アーチ橋を実現したことが今後の橋梁建設にも貢献すると考えられたことが評価された。
構造物の耐久性向上を実現した蓼野第二橋(下り線)の床版取替
蓼野第二橋(下り線)の床版取替は、構造物の耐久性向上、維持管理の負荷低減、第三者被害の抑制のために、鉄筋やPC 鋼材などの腐食する部材を一切排除したPC 床版「超高耐久床版」を高速道路橋の床版に適用した世界初の非合成鈑桁橋。
床版は30mm の目地に超低収縮・超高強度型モルタルを充填後、プレストレスを導入して連結するため、通常の現場打ちコンクリートより施工速度や耐久性が優れている。また、通常のプレキャストPC 床版に設ける高さ調整ボルト孔、スタッド孔、床版吊りインサート埋設孔などの床版上面の開口部を一切排除して、浸水と輪荷重の繰返しによるコンクリートの劣化を防止し、鋼桁本体の腐食劣化因子の侵入を排除した。さらに、排気ガスや凍結防止剤を含む雨水などの劣化因子が直接作用し、環境上最も厳しい条件の壁高欄にも、鋼部材を一切使用しない高耐久プレキャスト壁高欄を採用した。
歴史的価値を損なわず現役道路橋として使い続ける重要文化財美濃橋修理工事
重要文化財美濃橋修理工事は、岐阜県美濃市の長良川に架かる1916年建設の鋼製補剛吊橋で、現存する国内最古の近代吊橋として歴史的価値を保存しながら、現役道路橋として安全に使い続けることを目指して修理を行った。
建設当時の設計図書が残っておらず、工事中に得られた知見を随時取り入れながら設計変更を行う必要がある中、調査から工事まで一貫して文化財専門家による設計や監理を行うことで施工者が変わっても文化財保存と安全性に関する一貫した修理・補強方針が実現できた。
ほとんどの部材が建設当時のまま残っており、その歴史的価値を損わないための必要最小限の修理・補強とし、可能な限り既存部材を再利用した。特に主ケーブルは、世界的にも珍しく貴重なため、ケーブルそのものには手を加えず劣化した部分の張力を新設補強材に分担させた。現役吊橋のアンカーレイジ削孔や主ケーブル張力調整は前例が無く、解析や模型試験を繰り返し慎重に実施した。
補剛桁部材を取り換える箇所は、建設当時の工法を継承しリベット施工を行った一方、主塔では炭素繊維による耐震補強を行うなど、新旧技術・材料をコラボレートした修理を行った。
多くの土木遺産が経年劣化に加え、維持管理の経済性や日々高まる安全性が要求され、的確な診断・評価がされず撤去されるなど非常に厳しい状況に置かれている。同工事は、現役の歴史的橋梁におけるパイオニア的事業として評価された。
防水層にUFC を用いたプレキャストPC 床版
最後に紹介するのは、防水層にUFC を用いたプレキャストPC 床版(UFC 複合床版)だ。コンクリート上面に常温硬化型の超高強度繊維補強コンクリート(以下、UFC)を打ち重ねた複合構造のプレキャストPC 床版。
このUFC 複合床版を現場で架設する際に、床版同士の接合部にもUFCを打設・接合することで、橋面全体をUFCにより防水できる国内外に前例のない技術といえる。床版製作工場で、緻密で遮水性に優れるUFCを床版上面に打設して複合構造を構築し、現場では接合部のみUFC を打設することとなるため、接合部も含む橋面全体の現場床版防水工が不要となり、工期短縮・省力化が可能となるとともに、交通規制期間の短縮により、渋滞や事故の発生を低減できる。また、雨天時には施工できない現場床版防水工を省略することで、工程遅延リスクも排除できる効果もある。
従来の現場床版防水工は、約30 年毎の更新が必要であるが、超高強度のUFCを防水層に使用することで、防水性能の設計耐用年数100 年を確保し、床版の耐久性向上やライフサイクルコストの低減も可能となった。