もっと世の中の人に知ってほしい。災害復旧の過酷さ
私も過去に、某地域の災害査定業務に関わったことがあるが、それはもう異常な過酷さだった。寝ることすらままならず、その影響か、精神を壊しかけ、味覚が一時的におかしくなった。
災害復旧の現場は、とにかくスピードが要求され、できるだけ早く現地調査や測量を終わらせ、設計にとりかからなければならなかった。そのうえ、正確さも求められ、ミスも許されない状況だった。
設計作業も、通常の設計業務では考えられないスピードで検討、計算や図面作成、数量計算、概算工事費算出まで終わらせた。息つく間もなかった、そんな記憶だけが残っている。「できることならもうやりたくない」というのが率直な感想だ。
このような思いを持っている人は、きっと私だけではないだろう。建設従事者の中には、私と同じ思いの人が少なからずいると思っている。とてもハードだからだ。
だからこそ、「災害復旧の過酷さ」を、もっともっと世の中の人に知って欲しいと思っている。多くの建設従事者が、命を削って、自分自身も壊れそうになりながらも、災害で破損した道路や建物を直していることを。
中には、残念ながら殉職された方や、あまりの過酷さに自ら命を絶つ選択をしてしまう人もいる。それくらい災害復旧現場は、危険で、大変で、精神的にも体力的にも過酷な現場だということを知ってほしい。
請けなければ単価が上がって人手を掛けられるようになるのでは?
請けなければ売り上げにならないので会社がなくなります。
災害時などは、限られた資材を復旧工事に優先で割り当てられると思います。すでに請け負っている工事はおそらく中止して災害復旧優先の指導をお役所のほうですると思います。当然こんな状況なので単価も安いと思います。それで請け負わなければ・・・あとはわかりますよね。
早期の災害復旧は建設業者にとっても早期の現状回帰に必要なことだと思います。
受ける受けないは、営業サイドの付き合いに少なからず影響します。特に地方の中小コンサルでは、いわば談合や、お昼を食べながらどこの業者が入札に参加するかという”話合い”は頻繁にあります。ここで、災害を受けないとなると、将来の受注につながる情報を同業者間で共有してもらえなくなる可能性があります。発注者は関係していないですが、同じ地域の業者間で仲良くしていれば、みんな等しく業務を受注出来て幸せなんです。悪しき文化ですが、規模の小さい会社は、こういった付き合いをうまくしていかないとならないので、災害対応は受けざるを得ないというのが実情です。
記事にするほどの内容なのか…。
本州の西端の某県では、公共の入札の条件にに災害協定を結ぶことが不文律になってます。災害発生したら、災害協定に基づき災害査定などの対応をします。なので逃げられません。
平成30年豪雨を経験しました。自ら被災者になる可能性がある災害時に、なんで公務員の立場でもないのにわざわざ会社や地域のために災害対応しなきゃいけないのかとバカバカしくなり、建設コンサルタントを辞めました。
この業界はこのまま衰退するでしょう。でも建設コンサルタントの未来を考えたときには衰退するのが正しいと思います。希少価値が付けば、少しは世間様からの扱いも変わるでしょうし、単価なども上がるかなと。
電設(電気事業の用に供する電気工作物対象の工事)や通建(電気通信事業の用に供する電気通信設備対象の工事)にもこのような実態はありますね。電設・通建は建前上民間工事であるゆえに随意契約が許されるので、発注者と元請の結びつきが公共工事以上に強く、「発注者(一般送配電事業者とかNTTとか)が動員指示をしたら、元請は問答無用で人員を出さなければならない」という実態は公共工事以上に存在するのではないかと思われます。
死ぬ気でいいもの作ろうと奮闘したあとに「こんなもの税金の無駄じゃないのか」とか地権者に言われると死にたくなるよなー。俺は何のために命削ってあんな仕事してたのかってなる
全員辞めて二度と建物が直らない国になっちまえばいい