6月14日、(公社)土木学会の第112代会長に就任した佐々木葉(ささき・よう)氏は、早稲田大学で建築、東京工業大学で景観を学び、2003年より早稲田大学教授に就任している。土木学会では学会誌編集委員会、景観・デザイン委員会、D&I委員会の委員長などを歴任した。
1914年の学会設立以来初の女性会長であり、建築出身も初めてである。佐々木新会長は就任会見で、「初の女性会長が誕生するということは、依然としてマイノリティーである女性技術者や女子学生の希望に、そして土木学会が多様性を重んじているという社会的メッセージとなる」と語った。会長プロジェクトとして「土木学会の風景を描くプロジェクト」を企画し、「交流の風景」「広がる仕事の風景」「土木学会のDX」を柱に取組む。
今回、佐々木新会長が描く「土木学会の風景を描くプロジェクト」の全容、女性技術者や通常総会の内容についてまとめた。
会長プロジェクト「土木学会の風景を描くプロジェクト」スタート

田中前会長(左)と佐々木新会長(右)
佐々木新会長の就任の挨拶では、「女性や外国人という属性の切り口から見てもさまざまな視点がある。多様性を考える際には、男女や外国人などの属性を考えるだけではなく、一人ひとりのパーソナリティー、ご家族の状況、いろんなことを含めて、お互いがリスペクトしながら、違いを認めつつ交流する場としての土木学会の役割がある」と個人における多様性を尊重することの重要性を訴え、風土と文化を尊重する土木の仕事を広く社会に伝える所信を語った。
こうした思いもあり、会長プロジェクトとして「土木学会の風景を描くプロジェクト」を企画立案し、推進するための3つの柱を打ち立てた。
第1の柱「交流の風景」プロジェクトでは、交流のありようがより伸びやかに自由になることで、会員や土木学会のアイデンティティを高めるねらいがある。土木学会内の会合でも会社や大学などの所属している名刺で交換するのが通例だが、「名刺のデザインWG」(リーダー・佐瀬優子氏)を設置し、土木学会員の名刺を作成することで、より柔軟な会話へと誘導する。次に「土木学会D&I行動宣言フォローアップWG」(リーダー・飯島玲子氏)を設置。すでに土木学会では2015年6月に「土木学会ダイバーシティ&インクルージョン行動宣言」を策定済みで、佐々木新会長も「重要なことはここに明記している」と述べる。「これをフォローアップし、より着実なものとしたい」と今後の活動性の方向性を示した。

総会で「土木学会の風景を描くプロジェクト」を説明する佐々木会長
第2の柱「広がる仕事の風景」プロジェクトでは、全国や世界各地にいる会員が携わるさまざまな仕事をフォーカス。従来紹介してきた土木の仕事だけではなく、多様な働き方、元気や勇気がもらえる仕事のようすを取材し伝え、土木の仕事の広がりを学会内外にPRする。そこで「ひろがるインフラWG」(リーダー・松井幹雄氏)では、さまざまなインフラの使われ方、活かし方、作り方などこれまでの枠組みにとらわれず、自由な議論を進め、思い描く。「仕事の風景探訪WG」(リーダー・岡田智秀氏)では、各地にある小さくても希望と元気をもらえる仕事を訪ね、広く伝える。D&I委員会で企画されているオンライントーク番組はすでに60回を超えている。「D&IカフェトークWG」(リーダー・竹之内綾子氏)を設置し、企画を継続し、仕事や生き方に風景を伝える。
交流も発信も情報のインターフェースはストレスフリーが肝要だ。事務機能の効率化でもDXは不可欠であり、計画的に進めるため「学会のDX」プロジェクトを推進、土木学会事務局にチームを結成し、各種委員会の協力を得ながら進めていく。
佐々木新会長は、「私たちが所属している土木学会は一つのインフラ。会員の手でもっと伸びやかに、色々なことをやれる雰囲気をつくりたい。自由な土木学会の会員からより良いインフラを造り上げていくことができるだろう。それによりイノベーションや問題の解決につながる。そのためには土木学会がこうなったらいいなという風景を思い描いて、その風景を語り合ってそれに向かって一歩でも何かできることをしていきたい」と締めた。
また、土木学会の2024年度定時総会では、第113代の土木学会次期会長の候補に池内幸司氏(河川情報センター理事長)を推薦。池内氏は1957年生まれ。1982年東京大学大学院工学系研究科土木工学専攻修士課程修了。 同年建設省(当時)入省後、国土交通省近畿地方整備局長、水管理・国土保全局長、技監を歴任し、2016年より東京大学大学院工学系研究科教授(社会基盤学専攻)に就任。2023年7月から現職。

第113代会長候補の池内幸司氏(河川情報センター理事長)
池内氏は、「土木学会では気候変動の適応策・緩和策をやりたいと考えている。具体的にはカーボンニュートラル、電力の安定供給、自然災害のレジリエンス強化をテーマに取組んでいきたい」と挨拶した。
D&Iの推進を積極的に支援
佐々木新会長が総会後の記者会見で語った内容は次のとおり。
――「土木学会はインフラ」という言葉が印象に残りました。土木学会はどのようなインフラであって、どのようなインフラに変わっていかなければならないでしょうか。
佐々木葉氏 インフラは道路、河川や橋梁などの社会基盤を指す言葉として使われています。しかし、それ以外でもさまざまな場面でインフラという単語が使われています。私はインフラを「一人ではできないことを可能にする環境や条件をつくっていくこと」と広くとらえています。元々、橋梁や道路も人々がこのような暮らしをしていきたいと願った際、それを可能にするために建設したものがインフラ施設でした。
土木学会という場は、会員がこういう活動をしたい、この分野について仲間と議論をし知見を高めたいと思えば、すでに研究発表会や委員会などを通じて可能になっていますが、その活動の場をもっと広げたいと考えています。今でも十分、インフラの役割を果たしていますが、その点をもっとフォーカスしていきたい。たとえば、現在の会員の中には単に学会誌が送られるだけの方もいらっしゃるでしょうが、別の視点から土木学会で活動できる、あるいは土木学会で出会った方と議論できる場が広がるとよいですね。
――「土木学会ダイバーシティ&インクルージョン行動宣言」後での土木界の変化と今後の展望は?
佐々木葉氏 とても進展してきました。最初の頃は、現場では女性技術者が着替える場所がないなどの課題がありましたが、ずいぶんと改善はされました。女性活躍は重要だという認識も広がっています。「JSCE2020プロジェクト」の「土木Diversity & Inclusion 2.0プロジェクト」では、さらに一歩先に進める方針を示しました。
ただし進展には濃淡があり、D&Iは現場での女性入場の理解に留まる方も中にはいらっしゃいます。対象を女性だけではなく、外国人や能力はあるもののハンディキャップのある方々も活躍できることが一つの狙いです。D&Iの推進により、多様な方々の活躍で新たな仕事の手法が可能になります。理解を進めながら、一歩一歩ご自身が所属されている組織の中でのD&Iの模索を応援したいと考えています。世の中はこの数年でずいぶん変化しています。会社によっては追いついていける、あるいは追いついていけていないものが分野ごとでマチマチですが、土木学会ではD&Iの推進を積極的に支援していきたいと考えています。
――女性技術者に向けて、一言お願いします。
佐々木葉氏 女性の技術者は現場でも特別視され、マイノリティーであるがゆえの差別を受けることはだいぶ減ってきていると思います。そこで、もしも女性であるがゆえの苦労があり、解決してほしいという要望がありましたら、そのような声を土木学会に寄せていただいて、みんなで解決方法を考えていく施策も行いたいと考えています。現場で働く女性技術者や技能者の方はすごく人生イキイキとしています。その様子を男性の皆様にもお伝えしたいですね。
――大学工学部には女子枠が設けられ、女子大学で工学部を設置する動きもありますが、これをどのようにとらえていますか。
佐々木葉氏 私は学術会議の一員で、そこでもどうすれば理系の女性技術者や研究者を増やせるかが議論になっています。そこで女性に大学の理系学部に入学していただく女子枠が検討項目の一つにあげられています。これは一種のクオータ制度で、理系の学部の一定数を最初から女性に割り当てる制度です。これにより能力がない方が入学されるのではないかとの懸念が提起されていますが、私は確実に効果が表れているとの認識を持っています。
一端、とにかくチャンスを明示して、入学される女性を確保する手段である女子枠を積極的に取り組むことが重要です。一定程度、女子枠で女性を入学させることで新たな議論ができ、または多様性が生まれたりするため、女子枠の制度は有効であり、その点についてもみんなで議論を進め、専門の方からクオータ制度の話をうかがうことは土木学会でも行っていきたいです。また、女子大学で最近、工学部が創設されていますが、その点も歓迎しています。

前会長、新会長、次期会長、新旧副会長が勢ぞろい
――佐々木新会長の人となりを教えてください。
佐々木葉氏 私は楽天的でオープンマインドの性格で、性善説に立って物事を考えています。それが時に波乱を引き起こすことはあります。今までもこの性格でやってきましたし、これからもこの性格で続けていきたいです。出身は神奈川県鎌倉市です。
――日本建築学会と連携を進めていますが、何かをやりたいというお考えはありますか?
佐々木葉氏 土木も建築の領域は広いです。境界領域やトピックスとして、ともに取り組んだ方がいい分野は、さまざまな興味や特色をもとにその都度一緒にやっていくことがいいと考えています。構造系の方々はもっとコラボレーションできるのではと仰っておられますし、DX系もBIMとCIMに分けずに、ともにやっていければ望ましいですね。