株式会社IHI、株式会社IHIインフラシステムと株式会社IHIインフラ建設の3社は、橋梁メンテナンス業務を本格的に強化する。
すでに地方自治体、設計会社や点検会社向けに、橋梁諸元、定期点検、補修設計、補修工事の各データを連動して一括管理でき、さらに直営点検や補修工法の選定、概算工費算出を支援するツールも搭載した橋梁の維持管理を統括支援する「BMSS」を展開中だが、今回、「BMSS」に付随し、同3社は橋梁をはじめとしたインフラ構造物の点検や診断作業をサポートする2つのツール「スマホ点検士®」と「AIcon診断®」を開発し、サービスを開始した。
「スマホ点検士®」は、スマホ1台で損傷部位の撮影や点検情報のほか、調書に必要な診断結果の入力も可能だ。これにより事務所ではスマホから必要なデータをパソコンに送るだけで点検調書を容易に作成でき、一連の点検作業を大幅に効率化できる。タブレット端末に比べてスマホは小型で軽量のため、現場で両手がふさがることもなく、点検員の安全性が確保できる。
「AIcon診断®」は、橋梁をはじめとしたコンクリート構造物の損傷写真から自動的に変状を識別する「変状識別AI」、識別された変状に加えて数種の供用条件を入力するだけでコンクリートの劣化要因を推定する「劣化推定AI」の2段階のAI判別機能を備える。「AIcon診断®」では、コンクリートの代表的な7つの劣化要因(塩害、中性化、ASR、凍害、疲労、乾燥収縮、初期欠陥)から主要因を推定確率とともに示すことが可能で、XAI(説明可能な人工知能)を採用することで、その劣化要因として推定した根拠が明文化される。IHIグループは、「AIcon診断®」による出力を技術者がチェックし、推定された劣化要因や運用条件にあった適切な対策工法を顧客に提示する受託サービス「AIcon診断サービス」もスタートした。
現在、高度経済成長期に急ピッチで整備されたインフラ構造物の老朽化が深刻な課題となっている。点検・診断品質の向上、業務効率化やコスト削減に効果が高いインフラ構造物の点検・診断をサポートするツールを開発したねらいなどについて、株式会社IHI 社会基盤事業領域 事業推進部 技術開発推進グループ主幹の塩永亮介氏と同部ライフサイクルビジネスグループの松田昂大氏に話を聞いた。
橋梁情報のひもづきがされていない現状を解決へ
道路管理者の橋梁維持管理業務は、かなり煩雑になっているのが現状だ。「定期点検結果」「補修設計」「補修工事」などの資料を確認する際、過去の担当者によって、紙ベースや電子ベースでまちまちに保管しており、資料を探すのも一苦労だという。そこでIHIグループ3社は、2021年6月に「BMSS」を開発し、販売を開始した。橋梁の維持管理業務(定期点検・補修設計・補修工事)を連動させ、高機能なシステム(直営点検支援、補修工法選定支援:IRDS、概算工費算出支援、BMSS長寿命化支援)により橋梁の維持管理業務を支援する統括システムを展開中だ。
「2018年に、IHIグループの営業担当が全国の地方自治体の困りごとについてヒアリングを行ったところ、橋梁の新設、補修、点検時の情報が必ずしもひもづいていないことが分かった。そこで新設、補修、点検時の情報をデータベース化し、橋梁、地域の履歴を整理できるようなシステムを求めていることが分かり、BMSSを開発し、橋梁メンテナンス業務に本格参入する足掛かりになった。リリース以後、地方自治体と約30件、建設コンサルタントを含めると約50件結んでいる」(塩永氏)
BMSSの販売開始とともに、IHIは橋梁維持管理業界に参入したわけだが、今回、2つのツール「スマホ点検士®」と「AIcon診断サービス」も新たに提供し、この橋梁メンテナンス分野を強化することになった。
「地方自治体へのヒアリングは開発に役立った。たとえば、『スマホ点検士®』は、タブレットではデバイスが大きいため、スマホで操作できるツールがいいといった実務者の声をもとに開発した」(松田氏)
道路橋点検を効率的に行うツールを販売開始
橋梁などの道路構造物では、5年に1回の定期点検が法令化され、2024年度から3巡目の点検に入ったが、点検現場は技術者不足が予想されており、新技術を活用した業務の効率化や成果の品質向上が求められている。
「政令指定都市や規模が大きく財政的にも豊かな地方自治体は、橋梁点検を地元の建設コンサルタントに委託するケースが多い。しかし、財政的に厳しい地方自治体では、直営点検と呼ぶ職員自身で点検するケースも少なくない。そこで、専門的技術のない職員の方々でも法令に準拠した点検が実施できるようにと、「スマホ点検士®」は開発された。基本的には道路橋の定期点検に対応するものとなっており、一連の点検作業をスマホ(現場での点検作業)とパソコン(事務所での準備・調書作成)とで分担し、取得したデータをクラウド上で管理することで、ネットワーク環境下で連携して点検業務の効率化を果たすことができる。慣れない地方自治体の職員にとって、従来では時間を要していた点検作業から調書作成までの作業を大幅に短縮できる。
総務省の調査によると、2023年4月現在、全市区町村のうち、約26%で土木技師が不在で、人材不足が長く続き、財政も限られており、ICT・DXを推進しなければ国からの補助金を得られないなどの課題がある。そこで開発にあたりシンプルで容易な操作性、ポケットに入るスマホでの操作をコンセプトに進めてきた。
橋梁点検時には写真を多く撮影するが、写真の整理作業に多くの手間がかかる。点検用図面にマーカー機能でタップし、点検箇所登録や変状情報、写真登録も容易だ。スマホにより現場点検した後、今度は事務所のパソコンで、クラウド上で管理している現場点検調書を国の道路橋定期点検要領の調書様式(国土交通省様式)に則り、必要なデータを選択すれば自動的に、同様式への出力を行う。
「2024年度では同点検要領の改定とともに点検調書の記載方法が大きく変更されたが、新たな様式の実装も完了している」(松田氏)
「スマホ点検士®」は複数のユーザーが使用できる仕組みであり、橋梁の規模が大きければ複数人で点検を対応する場合もあり、その際、各スマホで作業したものをクラウド上で管理できるため、それぞれの点検者のデータの統合も可能だ。
作業フローは、事務所作業ではいったんパソコンで、作業ファイルの作成、橋梁諸元の入力、点検準備資料の登録、点検記録用図面の登録を実施。次に現場点検では、点検箇所の選択・登録、写真撮影や変状内容を登録する。そして健全度や所見入力し、点検調書の出力で点検作業を完了する。
アプリでの機能を容易にし、特別な知識は不要
スマホアプリでは、操作機能は”簡易”を心がけた。アプリの「橋梁諸元」をタップすると過去に登録した橋梁の長さなどの情報を見ることができ、右横の「登録資料」をタップすると、前回点検した調書内容を確認できる。次に「変状位置」をタップすると、記録用図面の一覧を見ることができ、その中でも床版を点検したい場合には「床版」をタップすると、「記録用床版図面」に移り、変状を登録したい箇所を図面上でピン打ちし、変状内容に画面は移り、「撮影」ボタンを押すと、スマホ端末のカメラが起動し、撮影に移る。撮影項目以外にも、変状内容の記録を項目があり、点検結果を容易に記録できる。
変状内容の記録は「スマホ点検士®」の中にもとからある、部材名称、位置、変状の種類などの「候補」から簡単に選択でき、損傷の程度はa~e以外も地方自治体ごとの基準に準じての任意入力も可能だ。
「スマホでも調書に使用する写真の選択が可能で、現場の移動中にそこまで作業を行っておけば、パソコンで出力するだけで調書作成が完了する」(松田氏)
AIで劣化要因を判別し、適切な工法と費用を提案
「AIcon診断®」とは、コンクリートの点検画像と運用情報からAIを使って劣化要因を正しく判別し、適切な補修工法と概算工費を管理者様に提案することができるシステム。地方自治体は、予算措置や修繕計画で要措置(健全度III 以上)にかかる概算工費の見通しを立てることが可能だ。
「まず変状識別AIは写真から10種類(一方向ひびわれ・格子状ひびわれ・亀甲状ひびわれ・錆汁(さびじる)・白色析出物・はく離・スケーリング・鋼材腐食・豆板・充填不足・コールドジョイント)の変状を見つけ出す。次の劣化推定AIは見つけ出した写真からコンクリートの7つの劣化要因(塩害・中性化・ASR・凍害・床版疲労・乾燥収縮・初期欠陥)から主な要因を推定。推定された劣化要因を考慮し、適切な対策工法候補を提示する」(松田氏)
このため、IHIでは各種サービスを提示している。XAI 劣化診断サービスでは、XAIが診断根拠の説明付きで劣化要因を診断するが、AIも間違うことはあるため、IHIの技術者のチェックを経て、診断品質を向上。次に対策工法選定サービスでは、技術者が適切な対策工法を選定し、工法を比較しやすい形式で結果を提示する。概算工費システムアクセス権では、選定された工法の費用をユーザー側で手軽に計算でき、直接費だけでなく足場などの諸経費も算出可能だ。
「顧客からは、構造物の写真、付随する供用条件(地域的な情報・交通量など写真では分からないような情報)を提示いただければ、劣化を診断できる」(松田氏)
「このサービスは地方自治体職員も対象だが、橋梁の診断業務のため建設コンサルタントをメインターゲットにしている。ちょうど今年度から調書様式が変更になり、塩害やASRの疑いの有無にチェックを入れることになった。コンクリートの専門知識がなくとも、このようなAI診断を活用することで、点検精度の向上に役立ててほしい」(塩永氏)
インフラメンテ全般を網羅する業務へ進出
IHIグループは、国が包括的な業務委託を進める中で、点検から修繕まで一括して受注する戦略の中で今後、インフラメンテナンス業務全般を網羅する方針を示した。橋梁の新設が減少し、本州四国連絡橋のようなビックプロジェクトが浮上する兆しがない中、橋梁メーカーとしては、道路、トンネル、信号機も含めたトータルのインフラを管理する動きが強まったといえる。IHIグループは、「LCB(ライフサイクルビジネス)」を提唱し、橋梁、プラントエンジンなどあらゆるインフラに対して価値提供を展開する。
IHIは鋼橋のイメージが強い。鋼橋新設では、明石海峡大橋や多々羅大橋など代表的な大型橋梁を手掛けてきた石川島播磨重工業株式会社(IHIの旧社名)の橋梁事業部門が、2009年に松尾橋梁と栗本橋梁エンジニアリングの3社間で事業統合し、IHIインフラシステムを設立した。一方のコンクリート橋では、橋梁・水門のメンテを対応していたイスミックが、ピーシー橋梁の事業譲渡や松尾エンジニヤリングとの合併を経て、2011年10月にIHIインフラ建設を設立した。これによってIHIインフラシステムは鋼橋を、IHIインフラ建設はPC橋を担当し、グループ内で鋼とコンクリートの両方を網羅している。このほか、グループ会社の株式会社IHI建材工業があり、シールドセグメントなどのコンクリート二次製品を製造している。
現在、IHIグループは、包括的民間委託事業の受託が大きな目標であり、これを的確に進められれば他の地方自治体の案件にもチャレンジする。
「今後は、IHIのインフラマネジメントにより、住民の安全と生活を支え、地方経済が発展する社会を作りたい。そのためには、地方自治体のインフラに対するお困りごとを解決するサービスを展開しながら、地域の企業と共に地方自治体が管理する橋をしかるべき金額で点検から修繕まで包括的に受注することを目標に置く。ただ現状において、工事は別発注とするケースなど、ルールを変えていく必要があり簡単ではない。我々はインフラとしても橋梁オンリーでなく、トンネル、道路、のり面などのインフラメンテナンスを総合的に手掛けていく。そのためには、協業する仲間を増やすとともに、BMSSも橋梁に限らずインフラ全般の維持管理できるシステムとしていきたい」(塩永氏)
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キャリアアップ関連の記事を掘り下げて書いてほしいですねw
ここ最近漫画と忖度記事多くないですか?