グリーンインフラとDX 先進的な取り組みの二本柱
関東の河川事業の変革を象徴する2つのキーワードがGXとDXだ。どちらも、これまでの河川事業を次のレベルへと引き上げるテコとなる。
グリーンインフラ 渡良瀬遊水地の多面的な価値
渡良瀬遊水地は、関東地方整備局のグリーンインフラの象徴だ。面積33km²、総貯水量1億7,000万㎥を誇る日本最大の遊水地は、洪水調節や水道水の供給だけでなく、豊かな生態系の保全にも貢献している。2012年にはラムサール条約湿地に登録され、1,000種以上の植物や270種の鳥類が生息する生物多様性の宝庫として知られる。
特に注目すべきは、コウノトリの野生復帰に係る取り組みだ。渡良瀬遊水地では、2014年に27年ぶりのコウノトリの飛来が確認され、2020年には人工巣塔でヒナの孵化・巣立ちが実現。周辺自治体の首長や住民が一体となり、6年連続で野外繁殖が確認されている。「コウノトリが生息できる環境は、生き物が豊かな証。治水施設を超えた価値を地域に提供できている」と胸を張る。
利根川下流でも、高水敷を活用した自然再生プロジェクトが進む。高水敷を意図的に水が溜まるように改修し、ワンド(川の水とつながった池のような地形)や湿地を創出。地元中学生や学術研究者と連携し、野生生物の生息地を創出している。「エコロジカル・ネットワーク」と名付けられたこの取り組みは、渡良瀬遊水地で育ったコウノトリが下流に飛来するなど、流域全体での生態系のつながりを生み出している。「環境は、かつては治水の付随的な要素と見られがちだった。でも、関東では1997年の河川法改正の精神を現場で実践し、環境保全・創出を事業の柱に据えてきた。グリーンインフラは、その最前線です」とチカラを込める。
DX 管理の効率化とサービスの高度化
一方、DXは河川事業の生産性向上とサービス向上を目指す取り組みだ。特に、建設現場では「i-Construction」として知られる自動化技術が進展している。霞ヶ浦導水事業では、シールドマシンによるトンネル工事や、自然由来の重金属を含む残土の自動分別が導入され、ゼネコン主導で効率化が進む。「建設分野のDXは、民間の技術提案のおかげでかなり進んでいる」と評価する。
しかし、室永氏は、河川管理分野のDXは「道半ば」と評価する。荒川下流河川事務所の出張所では、3D点群データや専用アプリを活用した河川管理の効率化が始まっているが、これを全域に一般化する必要があるからだ。「管理のDXは、省力化だけでなく、国民へのサービス向上にもつながる。たとえば、草刈りの自動化はコスト削減だけでなく、作業員の労働環境改善にも貢献します」と言う。
草刈りは、堤防の点検を目的とする重要な作業だが、炎天下やヘビ・ハチといったリスクの中で行われる。遠隔操作や自動化を段階的に導入することで、作業員は空調の効いた環境で作業でき、効率も向上する。「最終的には、人と機械の役割分担を明確にし、10年後の完全自動化を目指したい」と意気込む。
ただし、DXには落とし穴もある。「なんでも『DX』と叫ぶだけではダメ。ニーズを明確にし、汎用性を高めて全国に広げる視点が必要」と指摘する。管理分野のDXを加速させるため、河川部長在任中に一定の成果を上げることを目指す。
上下水道の統合 水管理の新たな地平
2024年から、関東地方整備局の河川部は上下水道の管理も担うようになった。これは、水資源の統合管理(Integrated Water Resources Management)に向けた確実な一歩だと言える。
従来、下水道は地整レベルでは建政部所管(本省レベルは下水道部)であり、水道に至っては厚生労働省所管だったが、上下水道事業の整備面が国土交通省に一本化されたことに伴い、地整レベルでも河川部所管に移行した。この移管により、河川・ダム・水道・下水道の一元管理体制が一歩進んだカタチになる。
室永氏は、上下水道統合の意義について、「水道事業者と河川管理者が同じ組織にいることで、互いのニーズを直接理解できる。10年後には、効率的で統合的な水管理を実現できる人材が育つはず」と期待を寄せる。実際、2025年1月の八潮市の下水道陥没事故では、河川部と道路部が連携し、埼玉県を全面サポートした。現場を知る河川部の強みが発揮された事例だ。
「首長さんたちから、これまで本省とのみの会話が多かったが、河川部長と現場目線で話せるので嬉しいといった声を多く聞きます。従来の本省とのやり取りとは違う、現場力ある地方整備局ならではの頼もしさを感じてもらえている」と手応えを語る。水の循環サイクルを一元管理するこの取り組みは、アカデミズムが長年提唱してきた理想の姿に、少しずつではあるものの、着実に近づいているようだ。
若手育成と組織の未来 純粋な志をどう引き出すか
河川事業の未来を担うのは、若い世代だ。しかし、待遇面で民間企業に劣る公務員の採用は、近年厳しい状況にある。室永氏は、若手の純粋な志をどう引き出し、組織の魅力を伝えるかに腐心している。
「若い職員は、洪水から人々を守りたい、自然環境を良くしたいという純粋な気持ちを持っている。利根川下流の自然再生プロジェクトも、若手が主体的に取り組んでいる例です」と語る。こうした仕事の価値を伝え、自己実現の場を提供することが、採用のカギだと考える。
「待遇面は組織として頑張るしかないが、地域や自然のために直接貢献できる仕事の意義は大きい。リクルートでその価値をどう伝え、希望する配属で自己実現を支援するかが重要」と強調する。
関東から全国へ、変革の波を
関東地方整備局の河川事業は、気候変動への対応、流域治水、グリーンインフラ、DX、上下水道の統合といった多様な挑戦を通じて、変革の最前線を走っている。室永氏のリーダーシップの下、過去の経験と未来のビジョンが融合し、首都圏の安全と豊かな自然環境を守る新たなモデルが生まれつつある。
「関東は、流域治水やグリーンインフラのトップランナー。気候変動という現実を前に、私たちは次のステージに進まなければならなりません」と意気込む。その言葉には、首都圏を守る重責と、全国に変革の波を広げる使命感が込められている。
関東の河川事業は、単なるインフラ整備を超え、人と自然が共生する未来を切り開く挑戦とも言える。この変革の波は、関東から全国へ広がっていくことが期待される。
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