大阪・関西万博2025は、未来のイノベーションを象徴するイベントとして世界に光を放つ存在となっている──はずだった。
AI、持続可能なエネルギー、バイオテクノロジーといったテーマが掲げられ、世界各国から参加するパビリオンが、文化と技術の交差点として輝きを放っている。しかし、開幕からわずか数ヶ月で、影が忍び寄っている。工事費の未払い問題だ。総額3億円を超えるとされる未払いが、下請け業者を倒産の危機に追い込み、行政の責任を問う声が高まっている。
この問題は、単なる金銭トラブルではなく、グローバルプロジェクトの構造的欠陥を露呈している。国家プロジェクトと民間契約の狭間で揺れる責任の所在、国際法の複雑さ、そしてデジタル時代における透明性の欠如──。
本記事では、これまでの議論を振り返りつつ、独自の考察を加え、この問題の本質を探る。2025年7月24日現在、問題はさらに拡大しており、経産省が「民間同士の問題ではない」として対応に乗り出す方針を表明したほか、被害者の会が協会に質問書を提出するなど、解決に向けた動きが見られるが、未だに多くの業者が苦境に立たされている。
問題の発生:未来社会の祭典に潜む闇
2025年4月13日に開幕した大阪・関西万博は、158カ国・地域が参加する一大イベントだ。テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。しかし、パビリオンの建設工事で、下請け業者が元請け企業から支払いを受けられないトラブルが相次いでいる。被害者の会によると、少なくとも9社が影響を受け、総額約3億円。主に海外パビリオン(タイプA:自己建設型)で発生しており、各国政府が発注元となるケースが多い。7月に入り、海外パビリオンの4分の1で未払いが発生しているとの指摘もあり、被害総額は3.4億円を超える可能性が報じられている。
この問題の背景には、万博の急ピッチな準備がある。2020年代初頭の新型コロナ禍で遅れを取り戻すべく、2023年から本格化した工事は、資材高騰と人手不足に直面した。結果、元請け企業の資金繰りが悪化し、下請けへの支払いが滞る連鎖が生じた。報道によると、未払いは開幕後も続き、7月時点で新たな被害が報告されている。たとえば、被害者の一人は「家族を含め、露頭に迷う」と訴え、署名活動が数万筆を集めている。
これらの問題は、2025年5月頃から表面化した。最初は散発的な報道だったが、6月に入り日本メディアが取り上げ、被害者の会が結成された。7月16日には、業者が国土交通省に直談判。経済産業省も17日、対応に乗り出す方針を表明した。しかし、解決は遅れている。大阪府は6月26日、無許可業者に勧告を出したが、企業名は非公表。ネパール館は未払い問題で開幕から3ヶ月遅れのオープンとなったが、7月19日頃にようやく開館し、大使は「反省」を口にするのみだった。
SNS上の議論も活発だ。被害者アカウントでは、「死人が出る」との悲痛な投稿が拡散。政治家に対する批判が集中し、「逃亡」「維新の責任」とのハッシュタグが飛び交う。一方、交野市が独自の救済策を打ち出している。建築系YouTube動画では、「建築業界崩壊の危機」と警告されている。7月には、被害団体が国に支援を要請する動きも見られ、未払いが海外パビリオンの4分の1に及ぶ可能性が指摘されている。
構造的背景:国家プロジェクトと民間契約のジレンマ
この未払い問題の根源は、万博の構造にある。海外パビリオンは、各国政府が発注者となり、元請け企業(一部外資系)を介して下請けに仕事が回る。発注者は各国政府関連機関──イタリア館のコミッショナージェネラル、ルクセンブルク館の経済利益団体GIE、中国館の政府関連など。元請けにはGL eventsのような外資系イベント会社が多く、国際契約が複雑さを増す。
日本の法律では、下請代金支払遅延等防止法(下請法)が未払いを禁止し、建設業法が入札のダンピングを規制する。公共工事では入契法が下請け保護を強化するが、万博の海外パビリオンは「民間工事」扱いだ。協会や政府は「民間同士の問題」として介入を避けていたが、経産省の対応乗り出しにより、変化の兆しが見える。一方、各国法でも未払いは規制されている。たとえば、アメリカのPrompt Payment法、中国の契約法、EU加盟国のLate Payment Directiveがある。だが、国際プロジェクトでは管轄が曖昧になり、執行力が弱まる。
被害者の会を結成したなら、なぜふつうに訴訟しないのか?──という素朴な疑問が湧く。業者は行政救済を期待し、訴訟を最終手段としているようだ。費用負担(数十万~数百万)、時間(数ヶ月~年単位)、業界リスク(人脈重視の建設業でブラックリスト化の恐れ)が障壁だ。外資系元請けの場合、国際私法の壁で回収が難航している。被害者の会は署名を集め、協会に公開質問書を提出したが、回答は曖昧だ。こうしたジレンマは、グローバル化が進む現代プロジェクトの典型例だと言える。国家の威信がかかるイベントで、民間契約の自由が優先され、下請けの弱い立場が露呈する。
公表されている主な未払い事例の詳細分析
未払い問題の全貌を把握するため、公表されている主な事例をまとめてみる。報道で具体的な工事内容や金額が挙げられているものを中心にテーブル化してみた。総額は3億円超と推定されているが、全体の詳細は未公表のものが多数で、協会の非公表姿勢が問題視されている。これらの事例は、単なる数字ではなく、個々の業者の苦境を物語る。7月時点で、セルビア、ドイツ、ルーマニアの3館で2億円超の未払いが新たに報じられ、総額がさらに膨張している可能性が高い。
パビリオン 未払い額(推定) 工事一覧
- アメリカ館:約2,800万円 内装工事(千葉県の内装業者が担当)。工事完了後も支払われず、倒産危機。被害者の会が国交省に直談判している。発注元が倒産したとの報道あり。
- アンゴラ館:約4,300万円 電気関係の内装工事(4次下請け)。3・4月分が未払い、横領疑惑あり。建設業許可のない会社が関与し、大阪府が営業停止処分(8月6日~9月4日の30日間)を決定。経理担当者が横領を否定。
- 中国館:約3,700万円~6,000万円 電気設備工事(神戸市の電気工事会社)。追加工事分が未払い。詳細不明。
- マルタ館:約1.2億円(残額) 全体建設工事(消費税込2億5,300万円契約、1億4,900万円支払済み)。クオリティー不足を理由に拒否。下請けが元請けを提訴。
- セルビア館・ドイツ館:約4,150万円(一部2億円超の可能性) 建設機械のリース料、人件費など。同一外資系元請け(GL events)。新たに未払いが発覚。
- ルーマニア館:約3,090万円(一部) 不明(GL events関連)。3億円超の未払いの一部。新たに2億円超の未払いが報じられる。
- ネパール館:金額不明(総額の一部) 内装・電気工事など。未払い問題で遅れていたが、7月にオープン。
- その他(インド館など):総額3億円超(全体推定、3.4億円の告発あり) 追加工事費など(複数の海外パビリオン)。GL eventsが主に関与、詳細非公表多し。
一覧からわかるように、未払いは内装工事や電気設備、建設機械リースといった基本的な工事に集中している。これらは万博の華やかな外観を支えるインフラだが、支払いの遅れが業者の資金繰りを直撃する。たとえば、アメリカ館の内装業者は、工事完了後も支払いがなく、従業員の給与支払いに窮している。
アンゴラ館の電気工事では、4次下請けという多層構造が問題を複雑化し、横領疑惑まで生じている。報道によると、担当者が約1億3000万円の現金を着服した疑いがあり、会社は許可申請を予定していたが、担当者の失踪により未申請だったことが発覚した。大阪府は6月の勧告に続き、無許可営業の事実を確定し、厳しい行政処分として30日間の営業停止を決定した。
中国館の電気設備工事は、追加工事分が未払いとなっており、資材費の高騰が背景にあるとみられる。マルタ館のように、契約総額が明らかで一部支払い済みの場合でも、クオリティー争いが支払い拒否の口実になるケースは、契約書の曖昧さが原因だと考えられる。
セルビア館・ドイツ館の事例では、GL eventsの関与が顕著だ。建設機械リース料や人件費の未払いは、元請けの資金管理のずさんさを示す。ルーマニア館も同様で、詳細不明ながら総額の一部として3億円超の被害に寄与している。ネパール館は内装・電気工事で勧告が出されたが、金額不明のままだ。インド館などその他のパビリオンでは、追加工事費が主で、GL eventsの影が濃い。これらの非公表部分が多いのは、協会の情報開示姿勢の欠如による。被害者の会は「企業名公表を」と求めているが、外交配慮が障壁となっている可能性が高い。7月には、協会が「未払いは民間企業同士の問題」とする姿勢に異議を唱える質問書を提出していた。
これらの事例を分析すると、共通点が浮かび上がる。まず、多層下請け構造だ。4次下請けのように連鎖が長くなると、支払いの責任が曖昧になりやすい。第二に、外資系元請けの役割が挙げられる。GL eventsのような企業は、国際イベントの専門家だが、平気で下請けを犠牲にする傾向がある。第三に、公表経緯の多くがメディア報道頼みな点だ。メディアのスクープがなければ、この問題は闇に葬られていただろう。今回の未払い問題は、万博全体の信頼性を損ない、参加国のイメージダウンにもつながるリスクを内包する。