静岡県・焼津市に本社を置く株式会社橋本組(橋本真典社長)は、2025年4月13日から開催されている日本国際博覧会(大阪・関西万博)のハンガリーパビリオンで、ハンガリーのBayer Construct Zrt(Balázs Attila最高経営責任者)、株式会社綜企画設計(原澄雄社長)とともに手掛けた建設工事を完成したことで話題になっている。地方建設業が国家プロジェクトにチャレンジし実現したことは、橋本組をはじめ、地方建設業にとって大きな自信を得る機会になった。
現場乗り込みから引き渡しまでが1年間という短工期のなかで施工精度とスピードを両立するため、地下階躯体構造の設計をプレキャスト工法で行い、現場作業の省力化による工期短縮を実現。地下・ビジネス棟・ドームの同時施工をするためには、敷地が狭い施工環境下で常時100人以上の職人の流れを管理する必要があり、その調整には膨大な労力が注がれた。さらに、床や壁にALCパネル(軽量気泡コンクリート)、壁に木サイディング、屋根に屋上緑化や防水機能一体型のデッキプレートなど、多様な建材が組合わさる複雑な施工を実現する中で、新たな知見を得る貴重なプロジェクトであった。
このパビリオンには、日本の復興を象徴する福島県産の建築資材を採用。単なる建築物ではなく、未来へ向けた希望のメッセージを込めた空間とし、伝統と未来をつなぐ架け橋として設計した。未来を築くためには、過去を理解し、敬意を払うことが重要だ。パビリオンでは、ハンガリーの大切な文化である民族音楽をテーマに、訪れた人々がその価値を体感できる空間を提供する。
2025年4月6日には、EXPO2025 Hungary主催で竣工式を開催。ハンガリーと日本の伝統を融合させた友好的で厳かな特別な式典であった。日本武尊を祀る焼津神社の宮司による神事が執り行われ、宮司の祝詞とドーム設備の照明効果により、神秘的な空気に包まれていた。今回、ハンガリーパビリオン建設工事を担当した株式会社橋本組工務部ゼネラルマネージャーの秋田泰史氏に話を聞いた。
最初は「社長にも秘密」だったプロジェクト

株式会社橋本組工務部ゼネラルマネージャーの秋田泰史氏
――ハンガリーパビリオン工事はどのような経緯で受注することになったのでしょうか?
秋田泰史氏(以下、秋田氏) 昔からお世話になっていた設計会社「株式会社綜企画設計」から持ち込まれましたお話でした。当初はうちの営業スタッフにお声掛けがあったのですが、その当時、当社は、施工分野での大きな国際プロジェクトの経験がありませんでした。将来的にはこのようなプロジェクトの受注も視野に入れてはいましたが、現時点での当社の実力では時期尚早と判断して、いったんはお断りさせていただいたんです。
このような話が橋本真典社長に伝わると、「ぜひやろう!」ということになるので、一度は橋本社長には秘密にしていたんですよ(笑)。ただ、綜企画設計の専務と橋本社長がセミナー会合で偶然出会って、「あの万博の工事はいかがですかね?」ということで直接耳に入りまして。
のちの役員会議で橋本社長は、ハンガリーパビリオン工事について思いを語り、役員からも様々な意見が寄せられましたが、橋本社長以外すべて反対でした。役員はできない理由をいくつか並べたのですが、「条件を期日までにクリアできれば挑戦してみるのはどうだろうか」と橋本社長が役員を説得しました。その条件には「工期」「職人」「施工管理者」「予算内の資材調達」などのいくつか難しい問題はありましたが、最終的に解決することができたため、全社的に取り組むことに決まりました。

竣工式でハンガリーパビリオン前に、プロジェクト関係者が集合
――橋本社長の熱意がすごいですね。
秋田氏 橋本社長は、1970年の大阪万博を訪れたときの強い思い出があるようです。当時の最新技術に触れた体験が現在の自身を形成したという意識もあって、大阪・関西万博に橋本組がかかわることで、自身の想いを今の子どもたちや、社員とその家族、周辺の方々にも知ってもらえるチャンスだと考えたそうです。意味もなく国際的な工事を受注するのではなく、橋本社長の大きな原体験をみんなに共有したいという想いがあったと聞いています。
――設計と施工についてはいかがでしたか。
秋田氏 ハンガリーの設計会社ZDA(Zoboki Design & Architecture)が当初の設計を行いました。ただ、ハンガリーの設計では日本の法的に通らない部分があります。構造も含めて日本の法律に合致させるためにも、設計内容を日本バージョンに変える業務を綜企画設計が担当しました。
もともとのハンガリーの設計には、日本にはない材料もあったので、どのような材料を使い、どのように取り付け方法を工夫して現場施工に落とし込んでいくかを考えることがかなり困難でしたね。
「ひらひら」の特徴的なファサードはテント生地で実現
――パビリオン建築物は、とくに「ひらひら」の外観に注目が集まりましたね。
秋田氏 「ひらひら」と呼んでいる特徴的なファサードは、当初は金属での設置が想定していましたが、万博会場である夢洲の厳しい風条件に耐えるための強度計算結果のもと、安全性を最優先に考慮し、しなやかで耐久性に優れたテント生地を採用することになりました。ハンガリー側の意図としては、木の葉のイメージでして、3万5,500枚、4色、7種類の長さの「ひらひら」はすべて手作業で取り付けられ、風に揺れる様子が風鈴や短冊のように美しく、建築物でありながらまるで自然の一部のように柔らかく環境と調和することが特長です。
この「ひらひら」は、設計段階ではイメージはあったものの、日本の風土、紫外線対策、風との調和も合わせて施工の段階で確定しなければなりません。原寸模型のモックアップで試しに作成し、実際に施工ができることを確認し、ハンガリー側にも承認を得て、外周のファサードのほかの件についてもハンガリー側の意図を汲みつつ、最終的な施工でフィニッシュしていきました。この点が日本の工事とは異なり、困難な点でしたね。

木の葉のイメージを耐久性に優れたテント生地で実現
――3万5,500枚もの数を手作業で取り付けるのは相当大変だったのでは?
秋田氏 人工は見込んでおり、3~4週間ほどかかると考えていましたが、施工の際は風が吹き、取り付けづらかったですね。外部足場にのぼり、1日30人が作業して、結局は1ヶ月ほどかかりました。
昼夜での施工で短工期を実現
――ドーム棟の構造も興味深いです。
秋田氏 ドーム棟は鉄骨造を基に設計され、内部は防音仕様、ホール中央にはダイナミックな演出を可能にする回転ステージを搭載しています。外装は杉の角材をらせん状に組み上げました。この複雑な構造は、3D設計による精密なシミュレーションを忠実に再現した加工・組立て技術で実現することができました。また、球体ではない形状のため高度な施工技術が求められ、とくに木材の取り付けには鉄骨からブラケットをミリ単位で延長し、さらにミリ単位で加工した木材を間違いなく固定するといった緻密なプロセスを採用しました。

ドーム棟
――ほかの建物についても解説をいただけますか?
秋田氏 鉄骨造で建物はドーム棟のほか、低層階のサービスエリア、ビジネスユニット棟があり、見た目では3棟が独立して建設したように見えるのですが、実際はひとつの建物になっています。他のパビリオンでの例は、あまりないものと聞き及んでいますが、地下階もあります。この地下階の存在が、工期を要した大きな原因でした。地下部分に空調関連などのバックヤードを集約することで、地上部分に大きなスペースを確保することができました。

ハンガリーパビリオンの構造
――工事の進め方では工夫がありましたか?
秋田氏 敷地が細長く、両隣は他国のパビリオンがあり、ドームの向かい側には道路があったので、スペースに余裕があったのは手前側のみでした。工事をより早く進めるためには、ドーム側とビジネスユニットを同時並行で施工したほうが工期を短縮できるのですが、こうした敷地条件の制約があり、同時施工は困難でした。
鉄骨造の建築では、基礎から始め、鉄骨のスケルトンで骨組みを構成し、屋根、外壁、雨水処理、内装と続きます。ドーム棟を施工するには膨大な材料を置くため、敷地を占拠することになります。この敷地条件は工期にも影響します。そこで昼間の作業で敷地奥に配置されているドーム棟の躯体、内装などの工事を行い、夜間の作業で敷地手前に配置されているビジネス棟の鉄骨躯体工事を行い、工程短縮ため昼夜での工事を実施しました。
――工事は段取り八分と言いますが、段取りも大変だったと思うのですが。
秋田氏 夜にビジネスユニットの工事を進めている中でも、奥のドームの鉄骨材料が夜中に搬入されることがありました。このピースの整理も事前に話し合って、工事に支障がないような打ち合わせを工事前から綿密に実施したことで、昼夜の効率良い施工を実現することができました。
――秋田さんが工事の責任者になったときのお気持ちは?
秋田氏 私はもともと「この工事は難しいからやめたほうがいい」と考えていた側でした。受注後、所員が奮闘している中で、自分が現地に赴き、工事の現状や負担の部分を把握し、本社と相談する流れだったのですが、とにかく工期を守り、完成させなければならないとの想いでいっぱいでした。
とくに、最大の難関だったのは、施工体制にありました。橋本組は、地元静岡県と周辺各県に加え、東京でも工事を展開しているのですが、時期が繁忙期でもあり、人員を揃えることが課題でした。この課題については本社、東京支店のほか、グループ会社の株式会社市原組(千葉県千葉市)と株式会社宏和エンジニアリング(神奈川県横浜市)とも連携し、さまざまな拠点から応援をいただき、橋本組単体ではなく”チーム橋本”で工事にあたりました。
30社以上の専門工事会社が工事には携わっており、各工事が錯綜してやりづらい部分は大いにあったと思います。その中でも各々の会社さんが自分たちの工事の事だけでなく、工事全体の効率性を重視し協力いただけたことでスムーズな現場運営を実現できました。優れた専門会社に恵まれたことに心から感謝しています。
――こうしたメモリアル工事を無事完了させたときの感想を教えてください。
秋田氏 海外工事は、私自身経験がありませんでした。ハンガリーのマネージャーからは、守るべき工期・工程は厳格に指示を受けました。ある工種で遅れがあれば違約金が発生するという話もあり、海外ではそれが普通のようです。日本は違約金については明確に定めないことが多いので、違約金や規律の正しさなどについては学ぶところが多かったですね。
また、橋本組もハンガリーのマネージャーもいいものをつくり終わらせたいという想いは共有していたので、施主・設計者・施工者がともに前を向くいい経験になりました。
――今回のハンガリーパビリオン工事の技術は他の工事でも援用できるのでは?
秋田氏 ハンガリーパビリオン工事を無事竣工したことについては工事実績としてアピールしていきますが、海外では日本よりもBIMを多用していることもあって、ハンガリー側や綜企画設計もBIMで納まりを決めていったんです。パビリオンは地下階にダクトや配管などをすべて集約しているので、取り合い干渉をBIMで確認できた点も大きな成果でした。3Dでは物理的に干渉していることが一目で分かります。しかし、2Dでは平面上では干渉していなくても、高さ方向の干渉が読み取れないので、3Dの大切さを痛感しましたね。
橋本組でも2年前からBIMの社内展開を図っており、今回の工事でBIM導入により大きく省力化ができることを確信する機会になりました。今年度はさらにBIMを強化する方針ですので、次世代の手法を垣間見られたことは大きな学びになりました。今後は設計、施工も合わせて、BIMを意識する現場運営へ徐々に舵を切っていくつもりです。

Rebro (3D CAD)を駆使した設備設計
――最後に、地域建設業の橋本組が万博工事に取り組んだ意義について語っていただけますか?
秋田氏 多くの地方建設業者は、「うちには万博工事はムリだろう」と考えていると思います。ただ、当社が実現できたことで、他の地方建設業者に「橋本組で施工できたのであれば、うちでもできるのでは?」との想いが広がってくれれば嬉しいですね。
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