「風がない、音がない」という独自の技術で、質の高い睡眠環境を提供する寝室用パネルエアコン『眠リッチ®』。放射式の冷暖房技術を一般住宅向けに昇華させたこの製品は、空調機として初めて「スリープサポート認証(ゴールド)」を取得するなど、スリープテック業界からも熱視線を浴びている。

寝室用パネルエアコン『眠リッチ®』
この画期的な製品を開発・展開しているのは、家電メーカーではなく、大手ゼネコンの株式会社フジタ(株式会社長府製作所 共同開発)だ。
「なぜゼネコンが、寝室向けのエアコンを?」 取材前、正直そう思っていた。だが話を聞き始めると、すぐに気づく。この製品は、現場の「困りごと」から始まった、極めてゼネコンらしいものづくりの結晶なのだと。材料を片っ端から試し、協力業者を探し回り、データを積み上げる——。その泥臭いプロセスのすべてが、誰かの安眠につながっている。
今回は、眠リッチ®を世に生み出した株式会社フジタ 次世代空調事業部 商品開発部 部長の小野幹治氏に、開発の全軌跡を聞いた。
「答えのある設計」を求めて、東工大からゼネコンへ
なぜゼネコンの技術者が、「眠り」を本気で研究するのか。その答えは、小野氏のキャリアの原点にある。
小野氏が学んだ東京工業大学 建築学科では、学生の半数以上が「建築家になりたい」という夢を持って門をたたく。デザイン系の研究室に進めるのは成績上位の4分の1ほどで、小野氏もそのひとりだった。
「でも、デザインをやり始めると、答えがないんですよ。優れているとされているものが私には全然良く見えなかったり、評価が人によって異なったり。東工大に入るために必死に数学と物理を勉強してきて、『答えを出す』ことには自信があったのに、デザインの領域ではまったく使わなかった」
そんな悶々とした気持ちを抱えていた小野青年が、大学院進学のための試験勉強で環境工学の教科書を読んでいると、ある概念に目が止まった。「パッシブソーラーハウス」だ。
「太陽の角度と放射を使って、夏は日射を入れないようにして、冬は日射を取り込んで蓄熱する。それをうまく組み合わせると、極限まで空調エネルギーを使わずに済む設計ができるんです。試験勉強をしながら、『こっちのほうが絶対面白いな』と思ってしまって」
デザイン系に進む予定を変更し、環境系の研究室へと志望を切り替えた。そこで熱計算とシミュレーションを習得し、修士論文では「団地の熱環境変遷シミュレーション」に取り組む。
「1970年代から、団塊の世代向けに作られ続けてきた団地ですが、5年ごとくらいに形が変わっていくんです。最初は5階建てで十分な棟間距離を取ったシンプルな平行配置、それが次第に細長くなったり、東西南北を無視した配置になったり。その変遷を6つの時代に分けて、室内の熱環境がどう変わったか、ヒートアイランドへの寄与はどうかを年間シミュレーションで評価しました」
その結果、住む人にとって最も快適なのは、最初のシンプルな平行配置だった。十分な棟間距離を取ったあの形なら、「設計次第では、空調に頼らずとも快適な室内環境が実現できる」という結論が出たという。
そして、修士論文を書いているさなか、フジタから同社技術センターへの誘いがあり、入社に至った。
サッカー場から獣舎まで手掛ける「熱の何でも屋」に
入社後、半年の現場研修を経て技術センターに戻ると、最初は先輩社員の手伝いからスタートした。フジタが当時スポンサーを務めていたサッカークラブの練習グラウンドで、透水性試験や芝の管理試験を手伝ったりと、「記憶にも残らないぐらいの下働き」が続いたと振り返る。
転機は、「小野は熱計算ができるらしい」と社内で認識されたことだった。
「日韓ワールドカップを控えて、韓国でサッカーグラウンドの開発が進んでいた時期でした。真冬の韓国でグラウンドを作るとき、芝の根っこが凍らないようにするにはどうすればいいかを、気象データを集めて年間シミュレーションを行い、設計に落とし込みました」
さらには、動物園の獣舎の熱環境を測定して、その動物が本来生息する気候条件に近づけるにはどうすればよいかを提案する仕事も舞い込んできた。「”熱”のことなら何でもやってくれる人」という社内コンサルタントのような存在になっていった。
やがて本格的な仕事として割り当てられたのが、大規模倉庫・工場の「床結露対策」だった。
「大空間になると、春先はコンクリートの床に必ず結露が出るんです。冬の冷たさが床にキープされていて、春先の湿った空気が入ってくるとドッと結露する。それを防ぐために、床下にどれくらいの断熱材を入れて、何W/m2の照明発熱量を加味して、換気をどうするか、という仕事が一時期、仕事の3割くらいを占めていました」
そのノウハウをシステム化して若手でも計算できるような仕組みを作り上げ、自分の手から離れたとき、次のプロジェクトが始まった。それが、眠リッチ®へとつながる研究だった。


