「土木技師」の称号を付与し、ステイタス向上へ
続いて、土木のステイタスアップ小委員会の今西委員長が1年間の活動内容を報告した。
小委員会では「土木のステイタスアップ小委員会の記録 矜持00」を策定した。同報告書の中で「発刊に寄せて」の項目で田中会長は、「社会が土木の真の姿を知ることで、土木のステイタスは必ずや向上し、その結果、土木に従事する人々のステイタスとエンゲージメントも飛躍的に向上することを期待する。土木の世界ではこれまで個人に焦点を当てることが少なかったと感じているが、このことも土木のステイタスが上がらなかった一因ではないかと思う。縁の下の力持ちに甘んじてきた奥ゆかしさが弊害になったと言える。 委員会の中で『土木に大谷翔平はいるか』という意見も出たと聞いている。土木の世界にスターを作ることも重要ではないだろうかと思う」との一文を記した。
同小委員会では「土木技術者ステイタスWG」など4つのWGを設置。同WGでは一泊二日の集中討議を2回に分けて開催、土木技術者の魅力を示す場として、「研鑽の場」「承認の場」の構築を通じてステイタスの見える化を提案した。
報告書ではいくつか提案があった。「研鑽の場」では、土木学会は、2001 年度に開始した「認定土木技術者」という資格制度があり、学会内に設置する「技術推進機構」が運営する。そこで土木学会が高い能力を持つと認定した技術者に対して「土木技師」という称号を与えることにより、一般的に広く知られている「土木技術者」と明確に区分し、世間に広く認知させることでステイタスアップにつながることを期待する。

今西肇氏(土木のステイタスアップ小委員会委員長)
次に「認定土木技術者資格」の受験資格の緩和も提案した。1級土木技術者は現在、実務経験年数の規定があるが、介護や育児などで実務経験が中断や停止する技術者が存在する。現状では有能な技術者の評価が適正に行われず、モチベーションが低下し有能な人材を失う可能性がある。そこで1級土木技術者の「コースA」受験で、実務経験年数の制約(専門的な職務に関わった年数のカウント)の再考を提起した。
また、「承認の場」として土木学会員であれば誰でもアクセス可能な個人会員検索を充実、技術者間の相互承認を促す取組みを提案した。会員同士のキャリアアップを確認し、土木学会を通じた技術者間の情報共有・コミュニケーションツールとしての活用も期待する。
このほか小委員会メンバーで「すっごい土木技術大賞」として、「すっっっごい!大賞」では、東急建設株式会社の「1200 people x 3.5hours = above-ground train became subway line 〜さよなら地上駅舎 東横線渋谷駅」、「すっごい土木技術大賞」(その1)」はJR東日本の「【最後まで見て欲しい】線路切換に挑むJR東日本社員密着ドキュメンタリー 『挑戦の物語vol.1』」、「同(その2)」は安藤ハザマの「三遠南信 池島トンネル本坑工事」工事概要を選んだ。

80点の動画の中から映像大賞を決定した。
田中会長「大胆に個人的見解を発信した1年」
委員会の説明後、質疑応答に入った。
――1年間、活動されてきて手ごたえについて。
田中会長 さまざまな動画撮影をする中で、魅力向上について個人的な見解も申し上げてきました。これを受け、会員各位も「自分ももっと気軽に発信しよう」と思われるようになったことも事実です。今も会員からさまざまなSNSを通じて発信が増えたことは喜ばしいことです。自分の発信も思わぬところから「会長の動画を観ましたよ」と言われたこともありました。そこで手ごたえは感じましたし、両小委員会の会合に出席すると、本当にみなさん楽しく活動されていました。そしてこれがスタートと受け止めています。学会内外に積極的に発信される方が増えていくことを望みます。

個人的見解も発信した田中会長
――担い手確保について技能者だけではなく技術者も厳しくなっています。改めて土木の仕事の魅力について
田中会長 給料や休暇は基本的な問題で、それ以外では「働きがい」が大切です。どのような時に「働きがい」を感じるかと言えば、一つは仕事の面白さ。もっと相対的に言えば、自分の仕事が「いいね」「すごいことだね」と周囲、家族や社会からリスペクトされたときにやりがいに通じ、魅力につながっていきます。私は土木学会会長ですから土木と申し上げますが、これは建設と置き換えてもいい。建築はアートの部分もありますが、それ以外のテクノロジー分野は土木と共通しています。建築の現場で働いている方の思いは、土木の現場の方とそれほど変わりません。ですから、もっと大きく括れば建設の仕事が社会からリスペクトを受けることが最も肝要です。
リスペクトを受ける手段は、一つは国際的に認知をされる、たとえば建設全般の方々が国際的に活躍されていると認知されることです。2点目は希少性と創造性で、イノベーションによってこれまでの現場の姿を変えていく点です。これらを実現していけば、社会からリスペクトを受ける業界に変容していくのではないでしょうか。
個人のリスペクトから始まる
――今回の「土木技師」の提案ですが、将来的な制定については。
今西委員長 今は「土木技師があったらいいな」という段階です。土木学会としてどうするかはこれからです。土木技術者の「者」は、医者などと同様に職業であり個人を表していません。しかし、「教師」「医師」の「師」は個人の能力を表しています。そういうものが土木にはなかったので「土木技師」を提案しました。自分たちのステイタスを向上させるためには個人のステイタスを上げるべきとの議論になったのです。今後、「土木技師」を使う方向で進むかも含めてしっかりと検討していただくために、「技術推進機構」内での議論を望みます。
田中会長 リスペクトは個人から始まります。たとえば優秀な医師に救われることで医師個人へのリスペクトが生まれ、それが医師全体へのリスペクトへと広がっていく。しかし、土木の世界ではそれが難しい。たとえば高速道路が完成したおかげで、今まで3時間かけていたのが1時間に短縮できたことに感謝を寄せる方は多いですが、誰に感謝したらいいか分からないのです。土木構造物をつくることで社会からは感謝はされるものの、個人はリスペクトがされない。そこでリスペクトの存在として、土木技術者でも卓越した「土木技師」がもしできれば、リスペクトの糸口につながっていく。これから土木学会の中で一つのテーマとして考えてほしいと思います。

土木のステイタスアップ小委員会の提言
――魅力ある土木の世界発信小委員会を中心に、土木広報が大きく前進した年でした。今後については。
松永委員長 夢中に活動した1年でした。その中で、一般の方向けへの伝え方やコンテンツの内容が見えてきました。今年はもう少し絞り込んでいきたいですが、「価値」と「使命」に高い評価があることが分かりました。
たとえば土木は税金を使って工事を行いますが、「何のための工事なのか」については意外と伝わっていない。「歩道を拡幅する」「バイパスをつくる」ことにより1970年代には約1万3,000人近かった交通死亡事故が今や約2,000人に減少しています。そこで交通死亡事故を減らすために、学校の周囲に歩道を施工するという意味に気が付くわけです。土木の役割はスパンが長いため「何のために」が伝わっていない、また伝承者もいなくなっていることも問題だと思います。土木のストーリーづくり、「価値」「使命」を伝えることについては、少なくとも来年以降も続けて強化していきたいと思います。
地球上の人口は80億人を突破しました。水や安全な土地、食料も不足しています。日本は食料自給率が低いですが、土地の使い方をデザインするのも土木です。こうした社会課題を解決する役割を持つことをお伝えしていけば、必ずやそれに関心を寄せて下さる方がたくさんいて、土木が価値として認められるというのが1年間の学びでした。
最後の締めくくりに加藤幹事長から9月3日に、宮城県・仙台市で開催する「土木学会全国大会」で「土木の魅力向上シンポジウム(仮)」の開催やパネルディスカッションなどを計画中であることが報告された。