「流域治水を核とした復興を基点とする持続社会」プロジェクトで推進する「緑の流域治水」
――国土交通省が進めている流域治水プロジェクトとは別のプロジェクトなんですか?
皆川先生 「緑の流域治水」は熊本県が示した流域治水と環境保全、持続可能な地域を目的としたプロジェクトです。国交省の流域治水は、主に遊水池とダムの整備やソフト対策が示されています。私たちのプロジェクトでは、「水害への安全・安心」、「豊かな環境と恵みのある暮らし」、「若者が残り集う地域」、「多世代により緑の流域治水の達成」をターゲットにしています。
私たちは、熊本県が打ち出した「緑の流域治水」という理念のもと、流域治水と掛け算で、環境再生、産業創生や持続可能な社会づくりを進めていこうとしています。
環境再生に関しては、球磨川や支流など環境再生はもちろんのこと、球磨盆地周辺にある放棄された谷津田を、多くの水生生物が生息できる湿地や水田として再生し、同時に、田んぼダムのように水を貯め、流出抑制を図ろうとしています。谷津田は湧き水が多く、農薬を使わず農作していた場所も多いため、希少種を含む多くの水生生物の生息場としてのポテンシャルが高いと考えられています。
また、市街地においては、雨庭を整備することで流出抑制を行う取り組みも進められています。これを推進するため、「雨庭2030 by 2030 パートナーシップ」の設立準備が進められています。2030年までに2030箇所整備する目標が立てられ、洪水の抑制のみならず、地下水涵養、景観の保全、郷土植物の保全など多様な機能を持った空間として期待されています。すでに、熊本県立大学や球磨川流域にある南陵高校のグランドには、大学生や高校生も参加して、雨庭がつくられました。
球磨川流域住民の多くは、球磨川から得られる恵みに感謝し、球磨川を重要な地域の資源として大切にし、球磨川を誇りに思っています。アンケートでは、発信したい球磨川流域の地域資源のトップは「球磨川」でした。球磨盆地の中心に球磨川が流れ、球磨川で遊びアユを捕り、球磨川から取水した水で田畑が潤い、米や米焼酎をつくり、アユ釣りや川下りなどを観光資源とする、河川を軸とした生活や文化がそこにあることを強く感じます。
流水型ダムでも、景観や生態系が損なわれる可能性がある

流水型ダムである西之谷ダム下流での電気ショッカーを用いた魚類調査(皆川先生写真提供)
――川辺川ダムについてどうお考えですか?
皆川先生 令和2年7月豪雨発災当日の朝、球磨川が氾濫したことを報道で知ってまず思ったことは、「これで川辺川ダムがつくられることになるだろう」、「大規模な河川改修も行われるだろう」ということでした。複雑でした。
――それはどういうことですか?
皆川先生 川辺川の美しさをご存じですか。この美しい川にダムができると、景観や生態系、水のキレイさに影響がでるだろうと、不安を感じました。ダム建設はその下流側の人吉市街地の浸水被害を軽減しますが、割り切れない思いがあります。ダムをつくるにしても、川辺川の水質、アユの生息、景観に影響を与えず、持続的な地域づくりにも貢献するものでなければならない。そのためには、流域治水により、河川への負担を少しでも軽減することが必要であると考えました。
――流水型ダムについて、どうお考えですか?
皆川先生 私は、熊本大学に来てから、鹿児島県鹿児島市に建設された流水型ダム、西之谷ダムを対象に、魚介類への影響を調査しています。とくに海と河川を行き来する両側回遊性の魚介類に着目し、ダムによる河川連続性の分断を評価しています。
ダム供用前は、ダムの上流にも下流にもヒラテテナガエビが生息していましたが、完成から約10年が経過した昨年もう一度調査したところ、ダム上流での生息は確認できませんでした。流水型ダムといっても、穴は小さなものですし、穴から流下する下流側の流路はコンクリート水路であり、流速も速いため、エビは遡上することができません。また、貯水地には砂が多く堆積し、その影響で下流の河床も砂分が増え、礫と礫の隙間に生息するヨシノボリ類の生息数が減少していました。
現在建設中の立野ダムにおけるダム堤体の流水部分の大きさは幅5m、堤体のトンネルの長さは70mぐらいあります。ダム堤体上流側にはプール状の止水域が形成されると聞いています。西ノ谷ダムでもダム上流側には止水域が形成され、フナなど止水性の魚類がダム供用前と比較して増加していました。環境が変化すれば、それに応答して生物の生息状況も変化するため、立野ダムでも影響がまったく出ないとは考えにくいです。
島根県にある益田川ダムは、堤体の流水部分の長さは短く、ダム上流側には止水域が形成されていません。流水型ダムと言っても、ダムによって構造が異なるため、河川生物への影響は一概には言えず、それぞれ異なると考えられます。
川辺川ダムができた場合でも、ダムにより流況や土砂動態が変化するため、それに対応して河川生物にも影響が及ぶと考えられます。流況や土砂動態が改変されると、アユをはじめとして河川生物の生息場として重要な瀬淵構造にも影響が生じることが予想されます。また、貯水地に堆積した土砂は濁水の発生源になる可能性もあり、水のキレイさ、景観が損なわれる可能性もあります。
川辺川ダムを建設する上で、最善を尽くさなければならないのは、どういう構造にして、どういう運用にすれば、環境負荷を最小限に抑えられるかだと思います。そのために、専門チームが検討を進めていると伺っています。私自身も大切な美しい川辺川が次世代に継承できるよう、一研究者として最大限に努力したいと思っているところです。
ここ数年、公務員離れが起きている

皆川先生と研究室メンバー
――学生の就職動向はどんな感じですか?
皆川先生 ここ数年は、公務員志望が減っています。コンサル志望が増えているように感じます。とくに国交省の総合職は転勤があるので、イヤがる学生さんが多いです。九州は住みやすいですし、食べ物もおいしいので、住み続けたい気持ちはわかります。でも5年ほど前までは、本省で頑張りたいという学生さんもいたのですが。
――地元の自治体などもイヤがる傾向があるのですか?
皆川先生 他の地方大学の話を聞いても、民間を希望する学生さんが多くなっている傾向があるようです。九州では、定員割れしている県庁もいくつかあると聞いています。現実的に生活や将来を考え、より給料が高い民間を志望する学生さんが増えているのかと感じます。個人的には、国交省や熊本県庁などに入って、多自然川づくりや流域治水といった取り組みを進めてほしいところなんですけど(笑)、なかなか難しい状況です。
――「若者の土木離れ」について、どうお考えですか?
皆川先生 若者が土木のおもしろさを知らないだけだと考えています。実は私もその一人だったと思います。1年生の学生さんと話をすると、土木の仕事について高校生のときは「知らなかった」と聞きます。高校の先生も、土木の仕事の内容をあまり知らないと思います(笑)。
その点、建築はわかりやすいと思います。しかし、土木の分野の仕事は構造物建設から地域づくりまで幅広いので、なかなかそのすべてを若者に理解してもらうことは難しいのかもしれません。たとえば、河川工学という分野や河川を対象とする仕事があることを知らなかった学生もいました。土木という分野をイメージだけで判断している一般の方々も多いように感じます。
熊本大学土木建築学科では、2年生でプログラムを選択しますが、建築を希望する学生さんが多いですね。今年、土木のおもしろさや魅力を広く発信するため、土木系の先生方でHPをリニューアルしました。一人でも多くの高校生に見てもらい、土木のおもしろさや魅力を感じてもらえれば、と期待しています。
人材採用・企業PR・販促等を強力サポート!
「施工の神様」に取材してほしい企業・個人の方は、
こちらからお気軽にお問い合わせください。
河川幅を倍にするだけ。以上!