「君も絶対世界でトップをとれるんだ」
――研究者になろうと思ったのですか?
石田先生 いえ、修士までやったら、ゼネコンに就職しようと思っていました。ところが、修士2年のときに、前川先生に「就職どこ行くの?」と聞かれたんです。「ゼネコンを考えています」と答えたら、「大学に残ってみない?」と言われました。
そんなことは全然考えていませんでした。当時インドやエジプトからものスゴく優秀な留学生が来ていたので、「私では研究でメシを食っていけない」と思っていたんです。
前川先生にそのことを伝えたら、「石田くんは100mを何秒で走れるんだ」と聞かれました。「15秒ぐらいですかね」と答えたら、「だろ?オリンピック選手でも9秒ぐらいだ。同じ人間、倍も違わない。進む道の方向が合っていれば、君も絶対世界でトップをとれるんだ」というようなことを言われました。
私も単純なので、「そうか!」と思っちゃったんです(笑)。「じゃあ、世界を目指そう」ということで、博士課程に進むことにしました。そんな感じで、今に至っています(笑)。1999年に博士の学位をとって助手になって、2013年に教授になりました。教授になって、もうすぐ10年になりますね。
土木技術者は「指揮者(コンダクター)」
――社会基盤学科のホームページ上のインタビュー記事中で、古市公威先生の「将に将たる」云々という言葉を引用していました。
石田先生 世界にはいろいろな課題がありますが、仮に一つの革新的な技術が生まれたとしても、すべての課題が解決するということはありえない、と思っています。多くの人たちが協力しながら、その技術を使いこなしていき、インテグレート(統合)していく必要があるわけです。
古市先生は、その技術を統合する役割を担う者こそ、土木技術者だと明快におっしゃっています。まさに「指揮者(コンダクター)」ということになります。
私は、指揮者は、全体を見ながら、利己的ではなく、利他的に物事を考える存在であるべきだと考えています。土木技術者は、社会基盤学、土木にとって重要な役割を担う存在だからです。古市先生の言葉は、研究者として教育者として、私自身、日々噛み締めている言葉です。
――最近は利己的な流れというものが強くなっている感じがします。
石田先生 そういうところはありますね。ただし、社会課題にちゃんと向き合って、「誰かの役に立ちたい」と考えている公共心を持った東大生もけっこう多いんです。今のような時代にも、そういう学生がいることは心強いと思っています。
現実世界のコンクリートを仮想空間に再現する
――この間、コンクリートに関するどのような研究をしてきたのですか?
石田先生 一番の中心は、数値解析、シミュレーションです。岡村先生や前川先生は30年前に、「コンクリートの世界から経験則をなくそう」、「コンクリートのありとあらゆる挙動をシミュレーションできるようにしよう」ということを提唱されました。そこから始まった研究です。
土木は経験工学と言われています。つくるもの、地形、場所によってすべて違っていて、カンとか経験でつくられるので、なかなか形式値化できません。それはそれで素晴らしいことだとは思います。
私が研究しているのは、そのカンや経験に裏打ちされた現象をすべて解きほぐして、理解して、数式に落とし込んでシミュレーションすることです。コンピュータの中で、コンクリートの誕生から劣化まで、地震による崩壊も含めてシミュレーションできたら、スゴく良いんじゃないかということで、ずっとやっています。今風に言えば、デジタルツインと言われるものです。現実にあるものを仮想空間に再現するということを目指して研究をしています。
コンクリートをシミュレートするためには、関係するデータを現実から仮想に持ってくることも必要です。たとえば、点群データを使って、構造物の損傷などを高速、高精度で取得することができるようになりつつありますが、こういったデータとシミュレーションをつなげると、非常に高い信頼性をもって、現実の問題を解くことができます。
つまり、私の研究室でやっていることは、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」につながることなのです。あと、昨今では「GX(グリーントランスフォーメーション)」も重要な研究テーマになっており、コンクリート分野での貢献も強く求められています。コンクリート工学におけるデジタルとグリーンに関する研究を進めています。
グリーンとグレイは対立軸ではない
――ユニークな組み合わせですね。
石田先生 コンクリートの研究において、GXは非常に重要です。コンクリート、特に原材料のセメントはCO2をたくさん出すので、カーボンニュートラルに向け、対策が必要です。コンクリート構造物をつくりかえてもCO2が出ることになるので、長寿化対策はカーボンニュートラルへの貢献としても重要です。あと、セメント・コンクリートの原料として重要なカルシウムをうまく循環させて、品質の高いコンクリートをつくる研究もしています。
その中で、経済産業省(NEDO)の補助を受け、CO2を吸収するコンクリートの性能評価シミュレーションに取り組んでいます。CO2を吸い込みながら、硬化するコンクリートというユニークな材料です。
―― 一般的には、グリーンインフラはグレーインフラに対する対立概念として、論じられています。
石田先生 対立軸ではなく、うまく折り合いをつけていくことが大事だと考えています。現代において、コンクリートがないと、社会は成り立ちませんから。CO2吸収コンクリートの研究には、その折り合いをつけるための研究になります。グリーンとグレイは対立軸ではないんです。われわれの研究は、社会の持続性に寄与する研究だと自負しています。
――SDGsにもつながる研究であると?
石田先生 そうですね。コンクリートに携わる人間として、カーボンニュートラルは常に頭にあります。研究内容はDXとGXがだいたい半々です。セメントの代替として、フライアッシュ(石炭灰)や火山灰を使う研究なんかもやっています。
――実際にコンクリートをつくることもやっているんですね。
石田先生 もちろんです。やっぱり両方やらないとダメです。人間の知性には限界があるので、良い実験をすると、事前に予期しない新たな発見があるからです。学生に与える研究テーマも、数値解析、シミュレーションと実験の両方できるものを選んでいます。
――愚問かもしれませんが、長持ちするコンクリートの研究、または劣化したコンクリートの研究で言うと、どちら寄りですか?
石田先生 両方です。超高耐久でまったくメンテナンスがいらないようなコンクリートを実現するための研究をしていますし、そのためにシミュレーションを活用しています。一方で、長年使われているコンクリートをどうやったら延命化できるかといった研究もしています。シミュレーションが良いのは、いろいろなシナリオを検討できることなんです。
たとえば、塩でサビた橋梁があって、そこに地震が来た場合、どういう壊れ方をするのかといったことがシミュレーションできるわけです。それらを比較して、もっとも効果的なメンテナンスの方法を探ることができます。