日本建築仕上学会 企画事業委員会 女性ネットワークの会(熊野康子主査)は10月30日、東京千代田区の明治大学グローバルホールで「2025年 講演会」を開催した。女性ネットワークの会の講演会は、(公財)公益推進協会建設女子応援ファンドの助成を受け、今年12年目を迎え、新たな1ページを開く講演会とした。
女性ネットワークの会は、建築仕上げに伴う設計・材料・構法・施工などの技術的発展に貢献する日本建築仕上学会企画事業委員会の下部組織として2013年から活動をスタート。女性が働きやすい建築業界を目指し、企業間の垣根を超えた活動を展開している。
今回の特別講演は、おなじみの服部道江氏(HATTORI LABO)が登壇。また、熊野主査も今回、初めて特別講演を行った。パネルディスカッションは、2025年7月から9月に女性ネットワークの会が実施した「建設業界で働く女性へのアンケート」について結果報告を行った。項目を再検討し、建設現場、内勤業務、材料メーカーと3つの業務に分けてアンケートを実施。結果を踏まえ、これからの女性活躍推進に必要なことを討論した。
「2025年 講演会」は、「さらなる女性の活躍推進を目指して」がテーマで、総合司会は林樹里さん(株式会社エーアンドエーマテリアル)が担当、女性ネットワークの会の森嶋順子副主査(トーヨー科建株式会社)が開会挨拶を行った。

東京スカイツリー建設開会挨拶を行った女性ネットワークの会の森嶋順子副主査
服部道江氏「女性活躍推進に本当に必要なもの」
特別講演では、服部道江氏(HATTORI LABO)が登壇した。服部氏は、東京スカイツリー建設工事の副所長としてチームのリーダーを務めた。大林組では初代女性現場監督や初の女性総合職としても活躍。現役を退いた今でも、各方面から人望を集めている。今回は「女性の活躍推進に本当に必要なものは何か」をテーマに特別講演した。

東京スカイツリー建設工事副所長をつとめるなど活躍された、服部道江さんが特別講演で登壇
現在、服部さんは建築とは少し遠い世界におり、キャリアコンサルタントや社会福祉士としてお困りの方のサポートを生業としている。その中で週3日に裁判所の依頼に基づき、離婚、介護、相続などのお話をうかがい、当事者が道を進んでいけるよう力添えをしている。
講演は、性別に関する固定的な思い込みや偏見を指す「ジェンダーバイアス」の問題提起から始まった。古巣の大林組では、服部氏の視点で「将来の役員候補」と目した人物もいたといい、社風としても女性役員が生まれる素地はあったと考えていた。しかし、他社で優れた業績を挙げた女性が役員に登用された事例はあっても、いまだに女性プロパー社員からの役員昇格の先例がないことについて「首をひねる」と率直な意見を述べた。
また、現場監督時代の経験として、現場は体力仕事という「思い込み」が問題であると指摘。実際には、資料作成、材料発注のネゴシエーション、工程表作成といったデスクワークに多くの時間を要した実態を語った。
服部氏は、現役を離れた今、「ジェンダーバイアスこそが職場や家庭での生き方、男女双方の活躍における最大の障壁だ」と強く思うようになったと語る。思い込みがジェンダーごとに活躍の場を限定するだけでなく、ジェンダー内の分断も引き起こすからだ。
この問題の解決には、働き方改革関連法に基づく企業運営は後退させてはならないと強く提起。現在、高市早苗政権は労働時間の規制緩和を成長戦略の柱に据えようとしている。もし企業がワークライフバランスを後退させれば、男性は再び仕事一辺倒となり、家庭を顧みる時間を失うと大きな懸念を示した。
最後に、「これからはジェンダーに関係なく、各個人が望むように生きていける社会を待望している」と締めくくった。
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熊野康子主査「建築仕上分野における女性技術者の必要性」
熊野康子主査は「建築仕上分野の研究開発における女性技術者の必要性」をテーマに特別講演を行った。ゲストには菊水化学工業株式会社 技術部 営業技術グループ課長 棚橋泰士氏が参加した。熊野主査は、株式会社フジタ(当時・フジタ工業)に入社後、技術研究所などで業務ののち、大和ハウス工業株式会社 総合技術研究所に出向。その後、フジタ技術センターに異動するなど、一貫して技術研究畑を歩み、2025年9月30日でフジタを定年退職した。

「建築仕上分野の研究開発における女性技術者の必要性」テーマに講演した熊野康子主査
熊野氏は室内塗料の開発にも従事。「チャンスだと思った」と、現場のニーズに応える自然に消える墨出し用マーカーを開発し、商品化に成功した。当時は子どもが2歳で、ほぼ定時退社で保育園に迎えに行き、育児と仕事の二刀流で多忙な日々を送った。実験が円滑に進まず辛い時期には、通勤中の車内で岡村孝子氏の『夢をあきらめないで』を日々聴き、自身を励まして技術開発を実現したと振り返る。
1990年代にシックハウス対策が社会問題化すると、関連商品の開発を推進した。脱臭機能内装建材「ディクリスウォール」はロングラン商品となり、老人福祉施設や病院などで導入された。その後、建設本部技術部へ異動。工事現場での技術指導が主で、防水材料や工法の指導も実施した。子どもは中学三年生で高校受験が始まろうとした時期で、また勤務先がフジタ本社となったこともあり、「私も大きな体験になったが、家族によい体験となった」と当時を想起する。
フジタ本社への勤務に伴い、学会委員会活動にも参加するようになった。日本建築学会 関東支部材料施工委員会の3つのWGで主査を担当。「当時、女性が委員として出席するのは珍しかった時代。主査を担う人はほぼいなかったのではないか」と思い返す。ペット用建材関連で2つのWG、子育て住宅建材WGにも参加し、いずれも日本建築学会全国大会のパネルディスカッションに採用されたほか、子育て住宅建材WGの活動内容はキッズデザイン賞を受賞した。さらに出版物小委員会で2回幹事を担当し、出版協力も含めると4冊の本を出版した。これらの日本建築学会での活動が、のちの女性ネットワークの会に役立つことになる。
2013年には女性ネットワークの会を立ち上げ、主査を12年つとめた。FINEX(学会誌)への連載は72回、電子図書出版は3冊に及ぶ。海外での発表もあり、中国の講演会に招へいされ、「ディクリスウォール」に関する講演を行った。「本業が多忙で、委員会活動に参画されない法人や個人もいる。しかし、委員会活動は人脈形成につながり、私自身も個性を伸ばすことができた」と委員会活動の意義を語る。
2020年4月に研究開発業務のため、再び技術センターへ配属。機能性を持つ脱炭素塗料「ジオアース300Fクリーン」を菊水化学工業株式会社と共同開発し、2025年7月にリリースした。
関連サイト
熊野主査は講演の結びとして、自身のキャリアを総括。当時、女性は研究開発でも施工でも少数派だった。子育てをしながらの研究開発は「亡くなった母からも最初は無理と反対された」こと、学術団体でも幹事、主査は言うに及ばず、委員も少数派だったことを回顧。「女性が生き残るためには大胆な発想が重要で、その発想が委員会で受け入れられた意義は大きかった」と述べた。また、総合職には転勤はつきものだが、その際の経験も大きく、子どもの自立にも役立ったと語る。技術部所属時代、「いつか研究開発に復帰したい」と希望もあり、その夢が叶い、技術センターへの配属の話があった際には、心から夢を諦めないで本当に良かったと思ったという。
そして、「従来の『人手不足だから女性に活躍してもらう』という思考から、『戦力として活躍してもらう』時代へと大きく転換している」と指摘。女性技術者を中心としてプロジェクトが組まれることも珍しくなくなっている。建築仕上材料の技術開発にも女性の感性や目線が重要だとしつつ、企業側も勇気をもってこの方向で進んでほしいと願った。同時に、女性側にも「専門性」「大胆な発想力」「家事の分担」「DX化」といった努力が必要であると提起した。
アンケートから見る「建設業界で働く女性のリアル」
休憩を挟んで、「新 建設業で働く女性へのアンケート」の結果報告をテーマにパネルディスカッションを開催した。司会は、井坂洋子氏(株式会社エービーシー商会)が担当した。パネラーとして、熊野主査、服部氏、棚橋氏に加えて諸橋由里奈氏(株式会社マサル)、今野杏梨氏(同)、林氏が参加した。
井坂洋子氏 アンケート全体で印象に残ったこと、気になったことについて共有していただきたいのですが、ご意見をお願いします。

パネルディスカッションの司会を担当した井坂洋子氏
諸橋由里奈氏 私は「内勤版」の作成を担当しました。子育て中の不安な点として「仕事と子育ての両立」がトップでした。私は今、7時間の時短勤務中で、子どもの状況に合わせて在宅勤務もできます。本日も子どもが風邪で休んでいるのですが、夫が休暇を取って対応しており、かなり恵まれた環境だと感じています。

諸橋由里奈氏
今野杏梨氏 「現場版」を担当しました。「現場作業で疲れたとき、事務所内での疲労回復はどのようにしているか」の設問に対して、「甘いものを食べる」が最多回答だったことに驚きました。「早く帰る」などの回答がトップに来ると想定しました。今、熱中症対策で塩あめを置く現場は増えていて、中にはかき氷を置く現場もありますし、あるゼネコンが製造・販売している「しおゼリー」については私も関心を抱いています。現場で働いている者としては、効果的で嬉しい「甘い物」が増えることを期待したいです。

今野杏梨氏
林樹里氏 「メーカー版」を担当しました。「取り扱う商材や担当業務で、男女差を感じるか」との設問に「はい」が多かったです。服部氏のご講演にもありましたが、ここにも「ジェンダーバイアス」があるのではないかと感じました。

林樹里氏
井坂氏 服部氏はアンケート結果を踏まえ、どのような感想を持ちましたか。
服部道江氏 「現場のトイレや更衣室が男女別か」という設問で、一部に「いいえ」という回答があった点が印象に残りました。この「いいえ」の回答は絶滅させなければならないと思います。現場の人々がはっきりと主張しなければ変わらない面もありますが、今の世の中でありえないと感じます。
また、育児休業取得の際に評価を気にする人が多いが、会社は育休取得者も平等に評価する制度を明確に示すべきです。これは今後増える介護問題についても同様であり、育休者の業務をフォローする職員の評価も正確に行う必要があると思います。今のうちから計画していかなければ間に合わなくなると思われます。

服部道江氏
井坂氏 問題解決に向けたアドバイスをいただきたいです。
服部氏 結局は上に立つ方の姿勢に尽きるとは思います。ただし、問題意識を持つ者が下から突き上げていくことも大切です。簡単なことではないですが、声を上げ続けなければならないと思います。
井坂氏 「男性も育休を取得すべきか」との設問に対し、「どちらでもない」という回答が一定数(内勤25名、現場15名、メーカー3名)ありました。熊野主査はどうご覧になりましたか。
熊野康子主査 この多さには驚きました。夫が家事や育児をやってくれると期待できる人は「はい」、あまり期待できない人は「どちらでもない」と回答したのではないかと推察します。最近、洗剤のCMで男性が起用されるのは、「この洗剤なら、あなたの旦那様でも簡単に洗濯ができますよ」というPR手法なのだろうかと思う時があります。
時短や簡易化によって、もっと洗剤だけではなく家電など色々とサポートして下さるものができてくれるとありがたいです。

熊野康子主査
井坂氏 唯一の男性パネラーである棚橋氏のご経験から何かご意見はありますか。
棚橋泰士氏 当社(菊水化学工業)の男性育休は2週間ほどで、取得中も自宅で仕事をしている実情はあります。私は育休制度がスタートする前に育児を終えたが、娘が入院した際には休暇をいただき、会社側のフォローもしっかりしていてありがたかったです。 女性社員は1年、場合によっては2年間取得しているケースもあります。

棚橋泰士氏
井坂氏 女性社員に対してのご対応を。
棚橋氏 女性・男性社員に対して双方に差別が無いよう心掛けている。ただし、先ほどの「取り扱う商材や担当業務で、男女差を感じるときはあるか」の設問について付け加えたいこととして、メーカーには重い荷物を運んだり、切ったりする危険な作業もあります。こうした作業に苦手意識を持つ女性もいるため、適材適所で業務を行うのが望ましいと思います。体格に恵まれない方には、困った時には遠慮なくヘルプを出すよう伝えています。
熊野主査は、「建築の分野で活躍していただける女性が一人でも増えていくように今後も活動を続け、さまざまなチャレンジをしていきたい」と語った。






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