京大・土木学科OBが語り合う「土木の使命」とは?
以前、京都大学の藤井聡先生に取材した。記事は、本人の周囲からかなりの反響があったそうだ。
それ自体は喜ばしいことだが、中には「藤井は土木をはき違えている」などというそそっかしいのもいたらしい。記事は基本的に読者のものなので、筆者としては「致し方ない」と思っていたが、なんだか申し訳なくなった。
「この際、国土交通省、ゼネコンの方々と鼎談したらどうです?」と水を向けてみると、「やりましょう。ちょうど同級生に国交省、ゼネコンの人間がいるので」とまさかのGOサイン。
ということで、京都大学土木学科のOB同級生3名
- 藤井聡氏(京都大学大学院教授)
- 見坂茂範氏(福岡県県土整備部長・国土交通省から出向)
- 岡村正典氏(株式会社奥村組・社長室経営企画部長)
による土木鼎談を収録してきた。
今の日本は「国民国家国土プロセスが溶け始めている」
――鼎談に先立ち、見坂さんと岡村さんの土木キャリアについて、それぞれお話を伺ったところですが、藤井さんはお二人の話を聞いてどうでした?
藤井聡 見坂くん、岡村くんとは大学の同級生として古い付き合いですが、研究室でなにを研究していたかとか、ふだん話さないような話題もあって、大変興味深く聞いていました(笑)。
お二人のお話で「なるほどな」と思いました。見坂くんは、まず国土計画というイメージがあって、政治のプロセス、財源のプロセス、行政手続きのプロセス、住民合意のプロセスなどを経て、事業決定するという話でした。
岡村くんからは、現場でのものづくりは、イメージというものがあって、そのイメージを意志の力で具現化させるのだというお話でした。
つまり、国交省の役人として見坂くんがイメージし具体化した事業を、ゼネコンである岡村くんがバトンを引き継いで実際の構造物をつくるという、一連のプロセスとして捉えることができるわけです。
藤井聡氏(京都大学大学院教授)
その一連のプロセスを踏まえた上で、僕個人が何をやっているのだろうと考えると、見坂くんがイメージする「国土計画が乗っかっているもの」をやっているのだという考えに至りました。それは「社会的通念」「世論」「法体系」「国民の気風」などであって、もっと混沌とした社会全体のプロセスの部分です。今の大学には、国土計画が乗っかっている社会的、政治的、経済的プロセスに着目した研究が欠けていると認識しています。
だからこそ、私はそのプロセスの研究をやっているわけです。お二人の話を聞いていて、それを改めて感じました。私の研究は、現場の職人さんなどを含め、いろいろなものが「プロセスとしてつながっているんだなあ」と感じた次第です。
今の日本では、国土計画などが乗っかっている「国民国家国土プロセスが溶け始めている」という風に思います。戦後復興、所得倍増計画、列島改造論があった時代、僕たちの師匠がそういう学位論文を書いていた時代には、明確な国民共通の理念があり、国一丸となって、「戦後から復興しよう」「豊かになろう」という理念に向かって突き進んでいました。
それが今の日本にはない。世間的には「価値観の多様化」という言葉でごまかされていますが、価値観の多様化というよりはむしろ、かつてあった共通の価値を「喪失」したんです。だから皆、何をやって良いかわからなくなって、国土計画もできなくなってしまった。今はそういう時代だと思います。
そうなると、かなり根本から解き明かさないといけません。そんな事をああだこうだと考えあぐねて、東日本大震災の時に思い立ったキーワードが「国土強靭化」だったわけです。国土強靭化のねらい一つは、工学的なレジリエントなシステムをつくるということですが、もう一つは国土に対する思想、ロマンの醸成です。太古の昔に思いを馳せたり、未来を感じたりするという意味も、強靭化という言葉に込めています。
私は、京都大学に入学した18歳頃から、見坂くんや岡村くんと一緒に過ごしながら、なんとなくですが、そういうことを考え続けてきたと思います。土木の先生方の佇まいや講義の一コマ一コマの中に、そういうものがいっぱい転がっていたと。
見坂茂範 ヒントがね。
見坂茂範氏(福岡県県土整備部長・国土交通省から出向)
藤井聡 そう、ヒントが。そんなヒントをもとに、われわれ世代でそれをどう組み立てていくかが求められていたように思いますね。僕はときどき「個人プレーが目立つ」と言われこともありますが(苦笑)、そんな自覚はまったくなくて、歴史の中で大きく展開している日本全体をつくるという「巨大なチームプレー」の中で、「自分がどういうプレーをやっていくかを考える」っていうのが、僕の仕事だと思います。
私は、今の大学の土木工学のカリキュラムは、ほとんど「ハードなインフラプロジェクトのため」のものと言っても良いんじゃないかと思います。もちろん一応、計画系、プランニングの授業もありますけど、私が大学で学んだ計画と、政府や国交省などで使っている計画はまったく別物です。
実際のところ、一部の例外を除くと、私が大学で学んだ計画の理論っていうのは、「そのほとんどが実務では役に立たない」っていうのが、内閣官房で準公務員として、国交省などの各省庁の方々と勤務した私の実感です。後でお話しします「最適化」や「予測」「評価」など、その概念そのものがすごく役に立つということもあるんですが、現場ではそれとは無関係な要素ばかりが求められている。
私は、土木の計画の教授として、この乖離を埋めたいとスゴく思っています。土木計画学と本当の計画の実務とをしっかりと接続したいと思っています。
ただ、残念ながら、大学には計画の現場に直接赴くシチュエーションというのが必ずしも多くはないので、この当方の感触はなかなか賛同が得られないところがあります。プランニングに関しては、大学の先生と話をするより、国交省の人とかと話をする方がしっくりくるんです(笑)。
公共投資が大きく増減すると、中長期的な見通しが立たない
――公共投資が減って、建設産業もいろいろと大変でしょう。
岡村正典 建設業全体としては、パイが小さくなるのは大きな問題です。また、年によって、年間の公共投資額が大きく増えたり減ったりするのも困ります。工事量に合わせて就業者が少なくなっているところに、いきなり倍の工事を出されても対応できませんからね。
工事を増やすにしても、計画的に徐々に階段を上るように増やしてほしいところです。特に地域に密着した建設会社は、コンスタントに仕事がないと、災害対応もできなくなりますしね。
岡村正典氏(株式会社奥村組社長室経営企画部長)
見坂茂範 中長期的な見通しが立つことが重要だよね。日本の国のネックは、中期、長期の計画がないことなんです。
藤井聡 すべての先進国にはちゃんとありますよ。
見坂茂範 そうそう。ただ、日本は、あるときの政権がなくしてしまったんです。日本にも、昔は河川や港湾など分野ごとに5年間でいくら投資するという中期的な整備計画があったんですが、今はなくなってしまった。中長期的な見通しがなくなった結果、政権が変わるたびに、公共投資が増えたり減ったりすることになるんです。
民間企業にしてみれば、先の見通しがない以上、戦略的な設備投資も人材確保もできない。その状態がずっと続いているわけです。
岡村正典 公共投資が増減し、先の見通しが立たないのであれば、人の採用人数は、やはりマックス時に合わせることはできません。どうしてもミニマム時のことを考えて採用せざるを得ません。
藤井聡 ミニマムで人を採用しているところに、働き方改革などと言われたら、ミニマムな仕事しかできなくなります。
岡村正典 働き方改革は重要なことではありますが、非常に悩みどころです。
政治家を洗脳する財務省
藤井聡 国に整備計画がなければ、そのときどきの政治家の影響力が大きくなります。財務省が整備計画をなくしたわけですが、それと同時に財務省がねらったのは「政治家の教育」なんですよ。財務省は若い有力政治家に対し徹底的に教育してきました。財務省の手口は実に巧妙で、政治家と同郷の官僚を使って、仲良くさせながら、教育していくんです。
実際にある国会議員がいるのですが、最初は無名だったので、財務省もマークしていませんでした。だから僕の話をよく聞いてもらっていたので、積極財政派だったんです。ところがエラくなった瞬間から、財務省のマークが始まって、2〜3ヶ月で財務省に寝返ったんですよ(苦笑)。
それからというもの、僕の言うことは一切聞かなくなったんです。政治家に対するマークは財務省以外にはあまりやらないんです。
――洗脳ですね。
藤井聡 洗脳ですよ。あっさり言うと、財務省は予算権限を持っているので、自分たちの言うことを聞く政治家にはなんやかやと予算をつけるんです。もちろん、完璧なコンプライアンス(法令遵守)の範囲でですが。
でも、それによってある種の共犯関係を築き、裏切れないようにするんです。だから、財務省は政治家のポストにも影響力を持っています。
安倍晋三首相は、2010年ころ財務省のマークから一旦外れていた状況にありました。安倍さんが再び総理になるとは誰も思っていなかったからです。その頃の「本命」の先生には徹底的にマークがついてましたが。
で、そんなときに僕は安倍さんと親しくなったわけです。で、徹底的な「積極財政についてのレクチャー」と「インフラの必要性、強靱化についてのレクチャー」をやったわけです。で、そしてそこからアベノミクスと国土強靱化が始まっていったわけです。
で、そうやって安倍さんは「公共事業をやります」と言って選挙に勝って、政権を奪取して13兆円の補正予算をつけたんです。ところが政権に就いて2ヶ月後から、安倍首相に対する財務省のマークが再開されました。そっから財務省主導に逆戻りして、今に至っているんです。
ちなみに、今一番マークが薄いのが山本太郎さんかも知れませんね(笑)。日本の政治家は、財務省のマークが薄いと、真実に近づくという、不思議な、というかおぞましい構図があるんです。政権交代を複数繰り返さないと、日本は財務省支配から逃れられないわけです。
下関北九州道路に反対する理由がわからない
――見坂さんは、一時話題になった下関北九州道路を積極的に進めていますね。
見坂茂範 下関北九州道路は、長大橋のビッグプロジェクトでもなんでもないんです。たかが橋長2km程度の国道のバイパスなんですよ。関門橋は完成して45年が経っています。関門トンネルに至っては61年が経過しています。とくにトンネルは老朽化して、水漏りがスゴイんです。
藤井聡 で、浮揚圧力がスゴイんですよね。
見坂茂範 そう。今のところは二つの道路は問題なく通行できますが、15年後にはもうボロボロになっています。今ただちに必要ではないけども、将来のことを考えると、今から第三の道路をつくっていかないとダメなんです。
岡村正典 維持更新のことを考えると、絶対に必要なことだよね。
藤井聡 われわれは工学的な教育を受けているので、こういう話はすぐに理解できるけど、工学的な素養のない人には、何度説明しても理解できない人がいるよね。
見坂茂範 九州のトラック物流の大半は関門海峡を通って、東京や大阪などに運ばれています。関門海峡ルートが滞ってしまうと、福岡県、山口県だけの問題ではなく、九州全体の産業が大きな打撃を受けるんです。今新たなルートをつくっておかないと、将来の九州の人々が困るんです。
藤井聡 そらそやな。優先順位の問題はあるけど、関門海峡に新たなルートが必要なのは間違いないな。あとはプロセスやな。
見坂茂範 地元では「必要だ」という声が圧倒的です。
藤井聡 本九架橋やしな。国の問題やんか。地元だけの問題ちゃうし。なんで反対する国会議員がいるのか意味がわからん(笑)。
土木について熱く語り合う同級生3名(京大サロンにて)
見坂茂範 九州の物流が滞ると、当然東京や大阪にも影響が出ます。
藤井聡 こんな当ったり前のことに反対するのは、得体のしれない政治的な力学が働いているんやろな。
見坂茂範 目先のことだけしか考えていないとそうなる。
藤井聡 国政レベルで、工学的な素養のない党利党略的な人間の比率が増えると、必ず国益を毀損する。日本が衰退しているのは、まさに党利党略的な人間が増えたからですよ。日本の土木技術者の技術的議論が復権しない限り、日本の未来はないと思う。
見坂茂範 そうやね。
藤井聡 今のインフラを維持することは必要だけども、土木工学的な理由から、早晩維持できなくなるのが予想される。今のモビリティ、アクセシビリティが維持できないということは、経済活動規模も維持できなるということになります。それは由々しき事態でしょ。だったら、今から新たしい道路を整備しておきましょう。トータルで見ればそっちの方が安い。
昨年の台風21号で被害が出ましたが、大阪の防潮堤によって17兆円の被害を軽減したと試算されています。経済学的には、防潮堤整備の投資によって、17兆円の富を生み出したことを意味します。
防災についてはしばしば、後ろ向きな政策なので、経済成長には不要だと言われますが、決してそんなことはありません。そういう言説は、「今後災害が起こらない」ことを前提としています。
しかし、実際には災害が起こっているし、今後も起こり得ます。インフラによって、災害被害が防げたということは、それだけの富を生み出したことになるのでね。
見坂茂範 当然既存のルートは、しっかりとメンテナンスして長寿命化させていくが、いつか必ず通れなくなるときが来ます。通れなくなってからでは遅いんです。先を見越して手を売っていく必要がある。そういうことです。
藤井聡 もし新たなルートができなかった場合、本州と九州の流動性が低減しますよね。そうなると、本州と九州では九州が小さいので、九州を切り捨てることになってしまいます。日本は下関までで終わり。「九州は独自にボチボチやっとれや」ということになります。九州は北海道みたいになってしまいますね。ホント、今の北海道はかわいそう。
岡村正典 インフラ機能の維持を考えると、新ルートも至極まともな話だと思うけどね。
見坂茂範 地元ではまともな話だと捉える人が多いけどね。北九州市民の約7割が賛成しているし。
岡村正典 東京の人にはわかりにくいのかな。
藤井聡 受益者は誰でもわかるんでしょう。でも、技術者は受益者じゃなくても理解できる。だから逆に言うと「技術者ではない非受益者」にはわからない。だから、今の日本じゃあらゆるプロジェクトについてその必要性が理解できる人が圧倒的に少数になってしまう。
岡村正典 でも東京の人も受益しているわけですよね?
藤井聡 そうそう。
岡村正典 それがわかりにくい状況になっている。
藤井聡 技術者でなく、かつ直接受益者でない人の声が大きい。日本の政治はそこで動いているので、本当に必要なものができない。その結果、国民全体が疲弊しているという悪循環に陥っている。
経済学者には「詐欺師ども」が多い
岡村正典 首都は分散するべきかな?
藤井聡 いや、僕は首都は東京で良いと思う。それより、日本人が先進民主国家にふさわしい民度を持てば良いと思う。そうすれば、地方都市にも投資が進み、必然的に一極集中は緩和する。
だから、少なくとも政治家、官僚、有識者、コメンテーター、マスメディアなどの情報強者たちがまっとうになればずいぶん良くなると思う。
見坂茂範 先進国はインフラにしっかり投資しているんですよ。トランプ大統領ですら「軍事とインフラは大事だ」と言っています。インフラがしっかりしていないと、国の経済、産業は発展しないということを理解しているんです。
藤井聡 トランプさんは2兆ドル(約220兆円)のインフラ投資するって言ってるんでしょ?
見坂茂範 そう。ケタ違いのインフラ投資。日本のメディアはほとんど報じないけれど。
藤井聡 インフラを蔑ろにする政府をいただく国家は間違いなく滅びるよ。
見坂茂範 公共投資をすれば民需も拡大するので、相乗効果も出るんですよ。
藤井聡 普通の経済学者はそんな議論をしないよね。「公共投資をしても経済成長はゼロだ」などと言うんだけども。そんな見解、実証的には完全に反証されているのに、まだそんなこと言う輩が経済学には多い。
そんな経済学者は「学者の名を借りた詐欺師ども」ですね(苦笑)。
学生が”就職先の最適解”を見つけられなくなっている
――若者の建設離れが指摘されていますが。
岡村正典 奥村組では採用活動ですごく苦労しています。これは奥村組だけでなく、建設業界全体が苦労していると思います。大学の先生方のご協力を得て、建設業界をPRする機会をいただいたりしているのですが、「転勤が多い」とか「残業が多い」というイメージが先行して、「建設業で働きたくない」という若者が増えているという現実があります。
どうやったら建設業の魅力、働きがいを伝えられるかに重点を置き、インターンシップなどに力を入れているところですが、若者の建設業離れをどう食い止めるかは大きな課題になっています。
大学入学式に出席した岡村氏
見坂茂範 国交省も一緒です。ただ、最近は「防災をやりたい」という若者が増えている印象があります。われわれとしては、まず大学の先生に国交省の仕事を理解してもらわなければいけないと考えています。先生から学生にしっかり伝えていただきたいと考えています。
国交省に入ったらどんな仕事をするのか、どういうやりがいがあるのかなどについて、東京大学や京都大学の土木の先生にしっかり理解していただく、ということをここ5年ぐらい取り組んでいます。その成果はある程度出てきていますけどね。
藤井聡 一時期、東京大学の学生が極端に減ったよね?
見坂茂範 そう。われわれが学生のころは、大学の先生が「お前は国家公務員になれ」としっかり指導していたけど、最近は先生は口を出さなくなっています。学生は自分で情報を取りに行くしかないので、いろいろ大変だと聞いています。
耐震工学研究室在籍中の見坂氏(右から二人目)
岡村正典 学生はインターネットで情報を取るしかない。そしてその情報がすべてだと考えがちだけど、「本当に知りたい情報はネットだけでは得られない」という現実があります。
藤井聡 二人の話を聞いて、大学の人間としては忸怩たる思いがします。基本的に20歳前後の若者は、世の中のことは何も見れていません。一方で、何十年と建設業界を見てきた土木の先生は、「コイツはこの会社ならうまいこといくんちゃうか」などということが見えている。
大学が学生の自由を認めることによって、かえって学生が、土木計画学で言うところの「ローカルミニマム」、つまり「局所最適解」という狭い視野しか持っていない者が、ホントはベストでも何でもないものを「ベストだ」と思い込んでしまう状況に陥って、就職先の本当の最適解が見つけられなくなっているのかもしれません。
ただ、大学の教員が学生の就職先に口を出すと、コンプライアンス上問題になってしまいます。あくまで情報を提供するだけです。われわれのころは「お前、ココ行け」が普通でしたけどね(笑)。実際のところ、先生はうまいこと調整していて、いろいろなところにコンスタントに学生が入っていました。
藤井氏が20歳のころの写真。旅先の空港にて。
見坂茂範 人脈もつながっていくしね。
藤井聡 そうそう。ところが今は特定の会社に集中しています。とくに「某鉄道会社」は強過ぎ。発注力なくて、ゼネコンに迷惑かけているくせに。
一同 (笑)。
民主党の「土木ディスり」が若者を萎えさせた
――建設業界のイメージも影響しているのでしょうか?
見坂茂範 一時期、土木学科を出て、建設業界にする学生がガクッとと減っちゃったんです。この状態が続くと、建設業界はお先真っ暗で、メディアからバッシングされるだけの面白くない業界に成り下がってしまいます。
藤井聡 民主党政権期の「土木ディスり」が若者の気持ちを萎えさせたよね。意外とアレが響いているのかもしれないね。
某自治体なんかヒドいよね。われわれのころは山ほど就職していたけど、今はゼロ。この自治体の都市計画力は壊滅的ダメージを受けている。そうなれば結局、その自治体の住民が巨大な不利益を被ることになってるわけだけど、誰もそんなこと、気にもしない。
――比較的規模の小さな自治体の技術力低下を懸念する声もあります。
見坂茂範 それは都道府県が技術支援するしかないと思います。町村レベルの自治体が定期的に土木技術者を採用するのはムリなので。時代の流れとして、やむを得ないと思っています。
藤井聡 日本の公務員の国民1,000人当たりの人数が、先進諸外国と比べて圧倒的に少ないのも原因だと思います。公務員の数を少なくとも先進諸外国並みに引き上げて、その一部を自治体に土木技術者として配置する必要があると思います。
日本の土木は、中国に太刀打ちできなくなっている
――入社後の教育、育成も大変でしょう?
岡村正典 奥村組では人に対する投資は惜しみません。入社した社員は現場配属になりますが、入社後の研修にもかなりの時間をかけています。
藤井聡 現場が「金太郎飴化」しているらしいという話を聞きます。橋で言えば、最近は新しい橋梁技術が入らないので、通り一遍の現場ばかりになってしまうと。
昔は、長大橋の世界トップ10は日本の橋が並んでいたけど、今は日本の橋がほとんどなくなってしまったらしい。日本の土木の技術力は「もはや中国などに太刀打ちできなくなっているんじゃないか」と危惧しています。
岡村正典 一般論として、新しくて巨大なプロジェクトをやると、最先端の技術が発展します。一方、効率的に仕事をしようとすると、標準的な仕様や設計が多くなり、輪切りになるわけです。そのほうが短期間に設計できて、たくさん発注できるからです。われわれも設計通りにつくれば文句を言われない。
ただ、土木の現場は同じ条件ばかりではないため、標準の設計だけでは構造物をつくれないこともありますし、現地に合ったもっと効率的で経済的な方法があるかもしれない。しかし、同じやり方ばかりでやっていると、技術力アップにはあまりつながらない。技術力アップのためには、例えば「こんなところにトンネル掘れるのか」という施工条件のもとで仕事をすることも必要になります。
藤井聡 通り一遍のやり方だと、やる気もなくなるだろうし。
岡村正典 極端な事例ですが、小規模な自治体で「設計に書いてある通りにやってください。なるべく変更しないでください」と言われることがあります。技術者が不足したり、技術力が低下したりしていて対応できないから、発注者も変更をなるべくしたくないんでしょうね。
「書いてあること以外はやらないで」と言われて、われわれも工程や金額で不利になる場合は食い下がりますが、そうでない場合は、楽だから余計なことはしないこともあります。ただ、それだと技術力は向上しないし、面白くないですよね(笑)。
藤井聡 うん、技術力落ちるよね。
見坂茂範 日本の土木技術はここ数十年、進歩が止まっちゃっていますよ。長い橋を架けなくなったし、長いトンネルも掘らなくなったし。チャレンジングな新しいプロジェクトがなくなってしまいました。
もちろん全部が全部チャレンジングなプロジェクトである必要はありませんが、少なくとも全国で一箇所ぐらいは新しいプロジェクトをやっているという状況をつくらないと、技術力は進化しないと思います。
藤井聡 お隣の中国がガンガンすごい構造物をつくっていることを考えると、日本の土木技術が止まっていることは、相対的に日本の技術が衰退していることを意味しますよね。
見坂茂範 そうです。一昔前は日本の土木技術は世界最先端だったのに。
岡村正典 世界的にも最先端な技術を使って、巨大プロジェクトに携わったということになれば、生きがいとかやりがいにもつながると思います。そういう分かりやすい、目立つやりがいを感じてもらうことも重要ですね。
藤井聡 やっぱり仕事に対する夢と誇りがないと。
岡村正典 われわれは、ものができることに喜びを感じるのはもちろんなんだけど、それを使った人から「便利になったよ」と言われると、もっと嬉しいんだよね。
コンプラの影響で、技術力が置き去りに
――「民間も行政も技術力が落ちている」という話は聞きます。
見坂茂範 土木全体の工事量、人数が落ちているので、発注者、施工業者ともに現場に接する機会が減っています。経験する機会が減れば、当然技術力も落ちますよね。
藤井聡 それも緊縮財政が問題だよね。
岡村正典 われわれは「現場力」が落ちていると認識しています。現場力とは、技術的なものだけじゃなくて、「施工をうまくやる力」ということです。
例えば、発注者や協力会社の方々とうまくやっていく力もそうだし、危険を感覚的に瞬時に察知する能力のようなものなどもそうです。図面に書いてあるけど、「このままだと斜面が滑るんじゃないか」と感覚的に予想して、大丈夫かどうか再検討するようなことが重要であって、「図面に書いてある通りに施工したら滑った」というのでは施工業者としては落第です。
これらの力は経験で蓄積される部分も多いので、工事量が減って経験の機会が少なくなった今、現場で埋まらないところを、研修で埋めようとしています。
藤井聡 研修では埋まらんもんなあ。
見坂茂範 発注者も悪いところがあると思います。最近の役所は、技術的な部分ではなくて、書類のチェックとか審査みたいなところばかり厳しくやるようになっています。発注者が厳しいので、業者さんも書類をつくることばかり一生懸命になっているところがあります。それにスゴく時間をとられるようになっています。
なぜ発注者が厳しくなったかと言うと、コンプライアンスを厳しく言われるようになったからです。なにかあるたびにチェックを厳しくしていく一方です。緩めることはありません。本質的な部分、技術的な部分が置き去りにされているようなところがあります。
藤井聡 もう一度言いますが、今のお話はすべて「緊縮財政が導いた必然的帰結」なわけです。緊縮だから現場量が少ないので、現場経験が積めない。エネルギーを費やす新しいものがないので、縮こまってコンプライアンスばかりに着目して、現場が疲弊する。
僕は、経済学や社会科学の知見を応用して、アンティオーステリティ、つまり「反緊縮」を進めようとしています。ただし、建設業界の活性化のためだけに「緊縮財政をやめよ」と言っているわけではありません。防衛省や医師会、消費者グループなどいろいろな方から意見をお伺いしてきた結果、緊縮財政があらゆる問題の根幹に位置する最も深刻な問題だと考えているわけです。
新幹線フル規格は佐賀県にも巨大な利益がある
――九州新幹線(西九州ルート)が揉めていますが、藤井先生のお考えは?
藤井聡 九州新幹線(西九州ルート)については、国益的観点から言って、全区間フル規格で整備すべきだと考えています。長崎県の県益だけで言っても、フル規格でつくるべきです。
佐賀県が反対しているのは、佐賀県の県益、しかも、狭い視野での県益だけしか考えていないからです。佐賀県からしてみれば、博多駅へのアクセシビリティが少し便利になるだけなのに、コストが高過ぎると考えている。
しかし、それは間違いです。新大阪駅へのアクセシビリティを考慮すると、コストを上回る巨大な利益が存在しています。佐賀県のみなさんがそこに思いを馳せてもらいたい。それさえ理解してもらえれば、佐賀県におけるフル規格整備に対する反対は一瞬で消え去ると思っています。フル規格は佐賀県の巨大な利益になるのです。
専門用語で言えば、佐賀県は今、西九州ルートの問題は「ローカルミニマム」(”局所”最適解)にとどまっていて、「グローバルミニマム」(”全域的”最適解)に到達していないと言えます。公益というものは、狭い範囲で最適解を探すのと、広い範囲で最適解を探すのとでは、答えがまったく違ってきます。これは土木計画学で言うところの「非線形計画問題」なんです。
非線形計画問題における極めて一般的な概念に照らせば、「佐賀県はローカルミニマム、ローカルミニマムに陥ってんねんな」ということになります。西九州ルート問題に対して、この概念が適用された形跡がほとんどないのは問題であり、非線形計画問題の典型だと思います。
――四国新幹線はどうですか?
藤井聡 グローバルな最適解、国益の観点から早期に実現すべきだと確信しています。ただ、その計画は今、全然止まったままの状態です。止まっている理由は一つで、当初予算が760億円程度しかないからです。
なぜその程度で止まっているのと言えば、鉄道局予算枠が1000億円どまりだからです。では、なぜ1000億円どまりかと言えば、財務省のプライマリーバランス規律が原因です。
だから、鉄道局の予算を拡大しようとすると、「国交省の他の予算を削れ」と財務省が言ってくるのです。そうなると、鉄道局の予算を増やすことができなくなって、予算が硬直化してしまっているのです。だから結局は、国交省の他の予算をそのままに据え置きつつ、新幹線予算だけを純増させることが今、求められているのです。
そして、それをするためには、結局は国交省全体の予算を増やす事が必要で、そしてそのためには財務省が強要する「プライマリーバランス規律」を緩和、撤廃する必要があるのです。
僕の答えはここに収斂されるんです。内閣官房参与のときは、このプライマリーバランスを緩和、撤廃を最大の目標に掲げて、6年間仕事をしたわけです。今は閣外ではありますが、今でもこの仕事をしています。
プライマリーバランス規律を変えるためには、財務省を変える必要があります。財務省を変えるのは、官邸であったり、自民党の政調、税調などであったりします。そこには、いろいろな政治的な力学が必要です。
そもそも、この国の中枢には「官邸政府マシーン」みたいなものがあって、それに働きかけて、変えていく必要があるわけです。そして、今でも、自分の立ち位置からいろいろと働きかけて、新幹線整備についても少しずつ進展させようと様々な努力を重ねているところです。
見坂茂範 僕は、四国新幹線はあっても良いと思っています。採算性が厳しいなら、他の新幹線に比べて運賃を高く設定しても良い。それでも新幹線に乗る人は絶対いると思います。インバウンド需要も増えると思いますよ。
藤井聡 四国新幹線の整備効果はダントツに高いですよ。四国は、地理空間的に言って、大阪や山陽線などの国土軸との距離が極めて短いにもかかわらず、交通インフラが脆弱で移動速度が遅いので、時間的に遠いという状況にある。
そんな中で新幹線による高速移動が実現すれば、大阪や国土軸との距離が短い分、時間短縮が破格の水準で進む。結果、経済効果は莫大なものになります。四国4県に巨大なメリットがあることは、すでに試算が出ています。
だから、政府が緊縮的になりすぎず、しっかりと国債を発行して、早期に整備すればそれでよいのです。そうすれば、四国が発展するのみならず、全国的なGDPも成長し、中長期的に財政も豊かになります。間違いない。
岡村正典 インバウンドなどの観光客の呼び込みには、各県でのコンテンツ提供という努力が必要だと思いますが、移動手段で言えば、鉄道、道路については国レベルの計画が必要ですね。これができると格段に違ってくるんでね。
藤井聡 違ってくるね。
岡村正典 実際、瀬戸大橋と明石海峡大橋ができたことによって、人の流れが全然違ってきているので。
橋が一本通ることによる経済効果はスゴイ
藤井聡 四国の3本四架橋について、「ムダの代名詞」のように言う人がいるけど、完全に現実が見えていない意見だよね。あの橋がなかったら、四国がどうなっていたかイマジネーションがないんだよ。今四国の経済は疲弊しているけども、それでも橋があるから、この程度の水準で持ちこたえられている。もしもあの橋が無かったら、四国はもっと疲弊していたことは100%間違いない。
見坂茂範 昨年、本四架橋の視察に行ったんです。瀬戸大橋が通る瀬戸内海の真ん中に島があるんですが、今は大きな観光施設ができていて、観光客で潤っているんです。橋が一本通ったことによる経済効果はやはりスゴイんですよ。橋はそれ自体、観光資源になるんです。
藤井聡 橋ってロマンがあるよね。
見坂茂範 そうだね。
藤井聡 サイモン&ガーファンクルに「明日に架ける橋」という曲があるけども、これがもし「明日に架けるトンネル」やったら、なんか「暗〜」っていう感じになるもんね(笑)。
一同 (爆笑)。
見坂茂範 まあ、トンネルはトンネルでロマンあるけどね。青函トンネルとか。
藤井聡 もちろんそうだよね。石原裕次郎と三船敏郎の『黒部の太陽』も、高倉健の『海峡』もみなトンネルの話で、あれ見て当時は日本人が皆、心震わせたわけだし、今だってリニアなんてトンネルがないとどうしようもない夢だしね。そんな中でもやっぱり「橋には橋のロマンがある」ってことだよね。未だに「青函架橋が〜」と言っている人がいるし。
岡村正典 たしかに青函架橋は、降りる島はないかもしれないけど、橋からの景色を眺めながらいろいろ思いを馳せることはできるよね。それが観光にもつながるかも。
見坂茂範 しまなみ海道なんかは、サイクリング道路として人が集まっているよね。結果的に大成功している。
藤井聡 デフレの時代でさえ、これだけ経済効果があるのだから、これからインフレになったら、こうした橋の効果っていうのは、もっともっとものスゴイことになっていくだろうね。
仲間と現場の話をいつもしているから、最先端の研究ができる
藤井聡 でも、こういう現場を巡る話って、本当に研究者にとって宝物だと思う。例えば僕は今「MMT」、これは「Modern Monetary Theory」、「現代貨幣理論」っていう経済理論を研究してるんだけど、この理論は現在の経済学の中では完全に”異端”の扱いを受けています。なぜ経済学者たちが緊縮経済学なのかと言うと、彼らの師匠が緊縮財政学だからです。
で、実際のところ今、日本でMMTを大学で研究として取り扱っている学者は、よくよく見まわしてみると僕だけになってしまっている。で、なぜ僕がこのMMTに注目して、学生指導しながら研究を進めているのかというと、MMTという経済理論は正しい経済政策、財政政策、インフラ政策を進める上で、極めて有用な”真実”を実践的、理論的に明らかにした、ほとんど唯一の正しい経済理論だからです。
つまり、僕は、現場で聞いた問題を解消するために必要な理論を勉強しているというわけです。いわば、「師匠にやらされてる」「師匠に教えてもらった事を何となく続けている」んじゃなくて、「現場から要請」があるから、海外の文献や研究者を交流しながらMMTの研究をやっているわけです。
で、僕がなぜ、こういう研究スタイルでやっていけるのかと言うと、見坂くんや岡村くんのような仲間とずっと現場の話をしてきたからです。こういう現場の問題をどうやったら解決できるのかをあれこれ考えて、「今辿り付いた理論というのがMMTだった」というわけです。
そもそも僕は、社会科学者はこうあるべきだと考えています。現場の声と抽象的な理論がどういう対応関係にあるのかを常に考えながら、世間に処方箋を提供していくというのが、本来あるべき社会科学者としてのスタイルだし、実際、社会科学者の創始者の一人であるデビッド・ヒュームだってそういうスタイルを提唱してたんです。つまり、社会科学には工学的素養が必須なわけです。
で、よくよく考えると、これもやはりローカルミニマム(局所最適解)の問題なんだろうと思います。非常に「狭い範囲」で最適解を考えた結果が、今の日本の緊縮財政なんです。MMTはもっと広い領域で「政府がなすべき最善の仕事を考えましょう」と言っているわけです。
そのためには、公共投資を増やす、公務員を増やす、減税をするなどのいろいろな方法があって、これら実行すれば、まだまだ日本はいくらでも良くなるポテンシャルを秘めているわけです。
本来、それを技術的に語るのが経済学者なんですが、彼らにはデータを使わない新興宗教のようなところが色濃くあるので、残念ながらローカルミニマムから一向に抜けられない。これを抜け出すには、「焼きなまし法」的なアプローチ(注:最適化理論の一つ。簡単に言うと、普段と違うことをときどき、違う角度で考えるようにすると、スゴく良い解決策が見つかるという理論)が必要だと考えています。
ただ、僕のスタイルは、経済学者からはもちろんのこと、少々残念ですが、土木計画学の人間からもしばしば異端扱いされています。心ある仲間達は学会の中にももちろんいますが、実際のところ風当たりも強いし、必ずしも楽ではない。ぶっちゃけ言って「しんどいなあ」と思う事も多い。
それでも何とかスタイルを変えずにやっていけているのは、お二人のような友人がいて、いつもああだこうだと話をしているからだと思いますね。
見坂茂範 藤井くんは、われわれにとって非常に良い接着剤なんですよ。彼は国土政策を考える上で、土木系公務員が抱えている課題を理解しています。その上で、彼が学者として、言論人として世の中に発信してくれる。接着剤としての彼の役割をちゃんと理解してくれています。
藤井聡 言論人としての僕の立ち居振る舞いには、国交省の方々はヒヤヒヤされることも多いとは思いますが(笑)。
一同 (笑)。
岡村正典 ゼネコンにいる人間が藤井くんをどう見ているかと言うと、われわれにとって心地良いところだけ切り取っているかもしれないけども、多くは建設業に味方だと思っていると思います。
自分たちも同じことを大きな声で言いたいけど、世間から「自分たちの仕事がほしいからまた言ってるよ」と反応されるので言えない。そういう意味で、藤井くんが代弁してくれるので、非常にありがたい存在であり、応援しているという感じがあります。
個人的には、藤井くんとは1年生のころから、しょうもないことばっかりやってきましたが(笑)。
藤井聡 ホンマホンマ。学生のときは、ホンマしょうもないこと以外、一切やってなかったなぁ(笑)。