若者の下水道認知度を上げたい
地下ラボプロジェクトの始まりは、「東京下水道 見せる化アクションプラン2018(以下、見せる化プラン)」の策定。下水道施設は、下水処理場やマンホール蓋などを除けば、そのインフラのほとんどは地下にある。橋やダム、道路など他のインフラに比べ、普通の人の目に触れる機会は少ない。目に触れる機会が少ないことは、知られないことを意味する。
東京都下水道局が2017年に実施した都民アンケート調査によれば、下水道への関心は、関心を持っている23.3%、関心を持っていない17.6%、どちらとも言えない58.4%だった。
汚水処理、水質保全、浸水対策といった下水道事業ごとの認知度を見ると、60歳以上は軒並み90%を越えるが、下の世代になるほど、数値は低下。20代は汚水処理こそ80%近いが、水質保全、浸水対策は50%を切る。20代の半分以上は、下水道が水質改善、浸水対策を担っていることを知らないことになる。
なぜ若い世代になるほど、下水道への認知度が低いのか。
「高齢の世代は、下水道が整備されていない時代に生まれています。だから、下水道の整備によって、河川環境が良くなったり、浸水被害が減ったことを経験としてご存知なんです。東京23区の下水道は1995年に概成していますが、それ以降の生まれた世代にとって、下水道はあって当たり前のモノ。とくに知ろうとも考えない。だから、認知度が低いんです」
東京都下水道局総務部の井上俊治・広報サービス課長はこう指摘する。見せる化プラン策定には、「若者をはじめとする都民の認知度を上げたい」という思惑があった。
東京都下水道局では従前から、下水道に関するイベントなど広報活動を実施してはいた。見せる化プランでは、従来型の広報活動を改め、より体系的で効果的な下水道の「見せる化」を行うことで、より一層強力に下水道の役割や課題、魅力を都民に発信していくことを目的にしている。
具体的には、大人向け、子供向け、若者向けの3つのターゲットごとに、「何のために」、「誰に」、「何を」、「どのように」、「いつ」、「誰が」、「どれくらい」という「7つの視点」に立ち、案件や世代などに応じ、メリハリのついたPRを行うことを打ち出した。
訴求ターゲットを絞り込むのはマーケティングの世界では昔からの常識だが、東京都下水道局は公共機関という立場上、「都民に幅広くPRする」のが基本スタンスだった。見せる化プランでは、その基本スタンスを一歩進めたわけだ。
大学生自ら考え、情報発信するって、「ラボ」っぽい
一口に若者に興味をもってもらうためのプロジェクトと言っても、容易ではない。例えば、若者に人気のある著名人を下水道イベントに呼べば、若者は集まるが、著名人以外には目もくれず、下水道のPRにつながらないリスクがある。「都職員だけで考えても手詰まり感がありました」(池田幸紀和・同課統括課長代理・広報担当)と振り返る。
「ここは画期的な取り組みが必要だ」(同)ということで、東京都下水道局は企画コンペを実施。PR会社である株式会社オズマピーアールを選定した。事業者からの一方的なPRではなく、若者に参加してもらうだけでなく、若者を巻き込んでなにかをするには具体的にどうすれば良いのか。どういうプロジェクト名が良いかなどについて、検討を重ねた。
その結果、「ラボ」というコンセプトが浮上した。「『大学生たちが自ら学んだ知識をもとに、情報発信する事業、「ラボ」という言葉が合っている』という話になったんです」(同)という。
「ラボ」はラボラトリー(laboratory)の略で、もともとは実験室、研究所などを意味する言葉だが、「○○ラボ」のように、「実験的にやってみる」的な意味合いで用いられるケースも増えている。
問題は、「何ラボ」にするか。ストレートに「下水道ラボ」にすると、若者に伝わらないリスクが拭えなかった。いろいろと議論を重ねた結果、「『東京』と『地下』を並べ、学生自らが東京の地下を学んで発信する『東京地下ラボ』。いいね、しっくりくるね」(同)ということで収束した。
ただ、このままだと、地下鉄と混同されるおそれがあったことから、「by東京都下水道局」をつけた。プロジェクト名命名には、そういう経緯があった。ロゴも作成した。
次は、地下ラボをどう展開するかだ。まず「若者にウケる面白いものをつくりたい」というところからスタートした。若者の属性の中から、大学、専門学校などの学生にターゲットを絞った。
土木系の学生だけでなく、デザインなどに長けた美術系の学生にもウイングを広げ、学生間の交流の中で新しいモノが生まれることへの期待があった。