河川行政がゼロベース思考を導入
栗原 また、のちにお話する「最上川中流・上流緊急治水対策プロジェクト」を策定するにあたり、2020年秋のことですが、東北地方整備局河川部に在籍する職員のうち、これまで最上川関連の事務所に勤務したことのあるすべての職員に集まってもらいました。プロジェクト案を策定するにあたり、流域の特色について「ゼロベース思考」で色々なアイディアを出し合い、ホワイトボードで書き込みました。
ここで議論された内容をベースにした取組が流域治水協議会に提案され、中にはプロジェクトとして位置づけられたものもあります。これまでの河川行政では考えられなかった何でもありの発想で議論しました。この意味は大きく、今後とも地域について深く考えながら仕事をして参ります。
そして、地域の特色を活かした流域治水を進めるにあたっては、人命はもちろんのこと、住民の生活、地域の生業を守っていくという視点が非常に重要です。東北地方は、全国屈指の農業地帯です。また、工場の立地地域でもあります。ただ農地を活用するだけでなく、農業従事者にもメリットのある対策はどのようなものか、最近の新型コロナウイルスの影響で工場が日本回帰の動きもある中で、浸水リスクをどのように低減していくか等々、地域全体の治水の安全度を高めることが地域の発展につながることを踏まえ、取り組んでいきたいと思っています。
3つの注目プロジェクトとは?
――最上川、阿武隈川、吉田川の注目プロジェクトについてお聞かせください。
栗原 各河川における「緊急治水プロジェクト」は、令和元年東日本台風や令和2年7月豪雨による水害の発生後に、対象洪水への対応のために集中的に実施する対策を取りまとめたものです。それに対し、これらの河川における「流域治水プロジェクト」は、そのうちハード以外の対策も含めて流域内で議論を重ね発展させ、水系全体で流域治水を進めるための対策をとりまとめ改めて公表したものといえます。
まず、2021年1月公表の「最上川中流・上流緊急治水対策プロジェクト」は2020年7月豪雨による水害に対する再度災害防止を目的に、2029年度までに集中的に実施する対策をとりまとめたものです。最上川中流・上流では、国、県、市町村等が連携し、被災した箇所で、河道掘削、堤防整備、分水路整備、遊水地改良等の取り組みを集中的に実施することにより、先の同規模の洪水に対して、氾濫を防止し、流域における浸水被害の軽減を図ることを目的にしています。
2021年3月公表の「流域治水プロジェクト」では、「最上川水系の地形特性を踏まえた河川整備と農業や雪対策と連携した治水対策の推進」をテーマに、河川整備にあわせ、地域の主産業(農業等)や豪雪地域などの地域特性を踏まえた農地・農業水利施設の活用や雪対策と連携した高床化などによる対策を組み合わせた「流域治水」を推進することとしています。
まず、最上川水系の地域・地形特性を踏まえた対策の方向性として、3本の柱があります。
1本目の柱が「雪対策の多機能化(流出抑制、氾濫軽減)による減災対策」です。最上川の沿川地域は、有数の豪雪地帯であり、除雪作業、道路交通の阻害などにより生活への支障が毎冬発生してきましたが、2020年シーズンのような豪雪、2019年シーズンのように少雪といった2極化の傾向が見られる中で、雪対策に治水対策の付加価値を模索し、水害が頻発化・激甚化していることを踏まえ、夏場等に水害対策にも有効な構造とするなど多機能化を図ります。
2本目の柱が「生業を守りながら、農耕地や農業施設を活用した流出抑制対策」です。最上川はブランド米「つや姫」の生産をはじめとする米どころであるとともに、全国生産量1位であるさくらんぼ、ラフランスなどの農作物の栽培が盛んな地域です。耕作地や農業施設を活用し、雨水の流出抑制対策を図る「田んぼダムの取り組みの推進」等を展開します。併せて、農機具等の一時避難場所の整備等により、生業を守ることが肝要です。
最後に、「地形特性を踏まえた浸水被害軽減対策」です。最上川は、狭窄部と盆地を交互に繰り返す地形が特徴のため、狭窄部上流の沿川市街地では、狭窄部の影響により、度々甚大な洪水被害が発生します。この地形特性に起因した水害リスクを踏まえ、浸水被害を軽減する対策を図ります。