コンクリート研究者にとって「宝の島」
——軍艦島初上陸の感想はどうでした?
出水享 とんでもない存在感、スケール感に鳥肌が立ち、身震いしました。一瞬にして軍艦島に魅了させられました。「軍艦島の価値を多くの人に知ってもらいたい」と。
また、間近で建物を見ると、非常に劣化が進んでいました。ここまで劣化したコンクリートは見たことがありませんでした。ただ、その後は「敗北感」に打ちのめされました。
——敗北感?
出水享 上陸した目的は、自分の技術やノウハウを活かして「劣化した構造物を守りたい」というものでした。しかし、それまでに見たこともないほどに劣化した建物を見て、「自分ではどうしようもできない」と思い、敗北感を感じ、悔しい思いで一杯でした。
敗北感とともに、すべての構造物が朽ち果てつつある「廃墟美」みたいなものも感じました。かつては5000人以上が住んでいた島だったのに、急に人がいなくなってしまったことにも、衝撃を受けました。
軍艦島の鉄筋コンクリート構造物の健康状態を人間に例えると、平均寿命をとっく過ぎ、体中ガンだらけで、体のところどころから骨が飛び出している。しかも骨粗鬆症の状態だと言えます。鉄筋は人間の骨で、コンクリートが肉です。
海風から運ばれてきた塩がコンクリートの中にしみ込んでいきます。しみこんだ塩は鉄筋を錆びさせるんです。コンクリートに入った塩は取り除くことが非常に難しいんです。塩によって鉄筋がボロボロに錆びています。また、ところどころ、その鉄筋が剥き出しになっているわけです。
最終的に、「軍艦島を守りたい」、「軍艦島を多くの人に知ってもらいたい」という気持ちが生まれ、「そのための活動をしたい」という考えが芽生えました。
軍艦島の状態を保存する、測量とドローン技術
——狭い島にこれだけの構造物を造るのは、かなり大変だったと思うのですが。
出水享 かつては世界一の人口密度の島でしたからね。上から見ると、異常なまでに密集していますね。炭鉱を掘る高い技術を持った集団が暮らしていた島だったので、炭鉱で培った技術を含め、当時最先端の技術を使って、様々な構造物を造っていったんだと思います。
今あるような建設機械などがない時代に、これだけのものを造ったということは、当時の日本の土木建築技術の粋が集まっていたのかもしれません。
——「軍艦島を守る」というのは、工学的な観点からですか?
出水享 そうです。軍艦島には、1916年築造の日本最古の鉄筋コンクリート造アパート「30号棟」があるんです。その後1971年まで、だいたい4、5年毎に建物が造られているので、当時のいろいろな材料、施工方法のものがあります。
そんな構造物が、海側や山際など、立地条件が異なる中、何十年も経過した状態で残っているわけです。こんな場所は世界中探してもありません。かつて炭鉱があった島はほかにもありますが、人がいなくなった後、構造物は壊してしまっています。そういう意味からも軍艦島は貴重で、コンクリートの研究者にとっては「宝の島」なんです。
——どのように「守る」のですか?
出水享 軍艦島を守るためには、「まずは島全体の状態を記録しないといけない」と考えたわけです。と言うのも、通常、劣化した構造物を補修する場合、まず現地調査を行い、それから保全の計画を立てます。
ところが、軍艦島の場合、いつ崩壊してもおかしくない構造物が多く、危ないので、現地調査もままならない状態です。島の中を歩いてると、劣化したコンクリートの塊が目の前に落ちてきたことありました。「離れて安全なところから、効率良く、軍艦島の状態を記録する技術が必要だ」というところから、「守る」ための研究をスタートさせたわけです。
——その技術がドローンだったと?
出水享 最初は3Dレーザースキャナーを使っていましたが、途中でドローンにシフトしました。レーザースキャナーだとうまく記録できない場所も、ドローンだと記録できるんです。レーザースキャナーは、対象にレーザーを当てないとカタチがとれない。「点」の情報なので、色の情報がとれないという欠点があって、軍艦島を完全には記録できなかったんです。
当時、複数枚のデジタル画像を元に3D化する写真測量の技術が注目され始めた頃で、それとドローンを組み合わせれば、ラクに軍艦島を3Dデータ化できると考えました。ドローンに搭載したカメラで軍艦島をいろんな角度や方向で撮影しました。その撮影した写真を組み合わせて3Dデータ化を行いました。写真で作る3Dデータは、形のほかに色情報も再現でき、忠実に軍艦島を再現できるんです。
そして、2014年に世界で初めて、軍艦島をまるごと3Dデータ化に成功。3Dデータ化は、私が勤めていた会社に協力してもらいました。ドローンで撮影した写真は約3万枚でした。元データとなる写真は多いほど良いのですが、当時のパソコンの性能では、すべての写真を解析するのに、膨大な時間がかかってしまうので、その中から約2000枚を選び、それを3Dデータ化したんです。
軍艦島3D/Youtube