「前のめり」になれないと、仕事が辛くなる
――霞が関の仕事で辛かったことは。
八木 それは勿論色々ありますが、自分が経験した係長時代のものに絞って説明しますね。肉体面で辛かったことは、単純に業務量が多いことによる長時間残業と、近年報道されるようになった「国会待機」のような、自分の努力ではどうにもならない理由による長時間拘束です。これらにより睡眠時間が相当削られました。
一方、精神面で辛かったことは、上司と利害関係者(主に関係省庁)との間に挟まれることです。具体的には、本質的に対立する所属部署と利害関係者の主張や見解の間に落としどころを見つけるのが係長の仕事ですが、その過程で上司からは「うちの主張を通すまではここに帰ってくるな」と怒鳴られ、利害関係者の担当者からは「そのような主張は絶対に飲めない」とすごまれるので、最初は全員が苦しみますし、夜寝る時も休日もこの調整に関わる諸々が頭から離れなくなります。
ただ、相手方の担当者も自分と同じ辛い立場に立たされていることに気づくことができれば、あとは担当者同士で仲良くなって情報交換しつつ、その状況の中であの手この手を使って、両者が納得できるような妥協案を編み出すようになります。
そこに面白さを感じ始めることができれば、その係長はもう大丈夫です。偉そうなことを言っていますが、私自身はお世辞でも優秀な係長ではなかったので、厳しい日々を過ごしていました。当然、毎日のように肉体的・精神的な辛さを感じていましたが、私はそれを意識して感じないように心がけていました。「この仕事は楽しい。この仕事は面白い」と、自分で仕事のポジティブな面を発見して、そこしか見ないようにしていました。
やはり当時の上司や周囲の先輩から、「係長時代は思い込むことが大事だ」というアドバイスを受けていましたので。
――すごいアドバイスですね…。
八木 自分の実体験から学んだ処世術ですが、常に仕事に肉体的・精神的な辛さを感じている状態で、かつ、仕事に前のめりになれなくなると、仕事に来ることが本当に苦痛になり、出勤できなくなりますから。そのような係長も何人か見てきましたし。
――その頃の八木さんのモチベーションは何でしたか。
八木 当時は「いつか自分が日本を動かしてやる」っていう気持ちで働いていましたね。民間人となった今から振り返れば、非常におこがましい話ですが。ある意味トランス状態でした。スキー競技と同じように、苦痛や恐怖を感じても、前のめりになることが仕事の苦境を乗り切るコツでしたし、万事に通ずるものがあると思っています。
――仕事で関わる人はいかがでしたか。
八木 勿論、色々な人がいましたが、本省の素晴らしいところは、関係者全員が理屈で勝負するので論理的なコミュニケーションを受け入れてくれる前提があるところです。一方、地方の素晴らしいところは、そのような都合の良い前提は存在しないですが、一度、飲み会やいざこざの解決を通じて人間同士で仲良くなれると、理屈抜きで自分を受け入れてくれるところです。
国土交通省をやめて10年たちますが、有難いことに、本省のみならず、東北地方整備局を通じて知り合うことができた官民の方々との親交は未だに残っています。
――その後、八木さんは係長から課長補佐になられたのですか。
八木 私は、係長から地方に再び出る前に退職しました。入省5年目の3月末です。
――退職を決められたきっかけは何でしたか。
八木 国土交通省の技官は、退職するまで2~3年ごとに全国中の転勤生活です。場合によっては、海外にも数年単位で出向。子供が小さい内は家族全員で転居できますが、その後は単身赴任を余儀なくされます。
本省勤務になれば、家内は必然的にワンオペ育児で負担が大きくなります。そして、その生活は退職までずっと続きます。このまま私が国土交通省の技官として世帯持ちで一生頑張っていくのは難しいのではないか、という懸念は元々頭の片隅にありました。そして、実際に入省5年目にして結婚を決めた時点で、転職の判断に至ったわけです。
――当時、ワークライフバランスを理由に辞める方は他にもいらっしゃいましたか。
八木 勿論、世帯持ちで国土交通省の技官として頑張っていらっしゃる方がほとんどでした。
でも、人間は結婚して家族が出来た時、考え方がガラッと変わりますから。特に子供が出来た時、今の働き方ではライフプランと合致しなくなってしまう。
――辞めるのではなく、国土交通省の働き方を変えようという選択肢はなかったですか。
八木 そういう選択肢もあったかもしれません。でも、私は国土交通省だけが人生じゃない、別の人生も面白いんじゃないかと思いました。退職は大変残念なことではありましたが、逆にワクワクする部分もありました。
――今振り返ってみて、国土交通省は良い職場でしたか。
八木 実際、国土交通省が嫌いで辞めた人って少ないと思います。国土交通省は自分の土木技術者としての社会貢献や使命感といったものを心行くまで満足させていただける職場ですし、ハイレベルなOJTによって自分を急成長させてくれる職場でもありますので、今でも大学生の皆さんに国土交通省を推薦しています。
課題は山積みだけど、それを改めて確認出来た当連載は良かったと思います。
土木学会も変わるべき。
いかにも頭良さそう