日本の建設現場向けのフルハーネス型安全帯
――海外では実績のある3Mですが、日本ではどのように市場展開していくのでしょうか。
中辻? 2017年の日本市場への本格参入に伴い、日本仕様の専用製品「3M DBI-サラ エグゾフィット ライト」を開発しました。さらに、フラッグシップモデルの「3M DBI-サラ エグゾフィット ネックス」と低価格モデルの「3M プロテクタ」の計3シリーズを販売しています。
それぞれの安全性能に大きな違いはありません。「安いものは安全じゃない」では、フルハーネス型安全帯としての意味がありませんからね(笑)。低価格モデルの「3M プロテクタ」でも、しっかりとした安全性能を確保しています。
例えば、墜落時の衝撃荷重を臀部に分散する「骨盤サポート構造」ですが、これがあるかないかで衝撃荷重はかなり大きく変わってくるので、全モデル共通仕様です。
他にも、X型背面ベルトを全モデルで採用しています。
――日本で販売されているフルハーネス型安全帯は、Y型の背面ベルトも多いですが。
中辻 先進国でY型背面ベルトのフルハーネス型安全帯を使用している国は、ほとんどないと思いますよ。
X型のほうが身体を屈めたときに背中のベルトが突っ張らないので、動きやすいですし、墜落した時のことを具体的に想像していただくと分かりやすいのですが、ゆるく着がちなY型背面ベルトでは墜落時に体がすっぽ抜けるリスクがあります。
3Mでも、日本の既存市場に合わせて、Y型背面ベルトのフルハーネス型安全帯の開発も検討したんですよ。しかし、安全性能でのリスクを鑑みて、中止した経緯があります。
もう一つのこだわりは、胸ベルトのバックルですね。プラスチック製のバックルを使用したフルハーネス型安全帯を着用している方もいらっしゃいますが、墜落した際に身体を支え、胸ベルトのバックルにも荷重がかかるので、破断しないよう、高い耐久性が問われる部分なんです。
3Mのバックルは全て、耐久性の高い金属製を採用しています。アメリカで発展している都市は、塩害被害のある沿岸部に多いですよね。なので、防錆・防食の試験も徹底しています。
――フルハーネス型安全帯は、機能やパーツが多いですね。
中辻? この他にも、たくさんのこだわりがあるのですが、話しきれないのでこの辺でやめておきます(笑)。ただ、日本で販売しているフルハーネス型安全帯の基本的な安全性能は、3Mが海外向けに販売しているものと変わりません。
つまり、アメリカの厳格な規格をクリアした、高い安全性能はそのままということです。
それでは、どこを日本向けに改良したのかというと、主に作業性能です。
日本の職人は、慣習的に非常に重い道具ベルトを着けていますよね。総重量で13~4kgの道具ベルトを付けている方を見たことがあり、かなり驚いた記憶があります。
――たくさんの工具を携帯しますからね。
中辻? そのため、日本仕様のフルハーネス型安全帯は、道具ベルトとの組み合わせが容易な設計にしています。その他にも、「3M DBI-サラ エグゾフィット ライト」と「3M プロテクタ」では、日本の建設業界向けにH型腿ベルトを採用した新製品も開発しました。こちらは上半身と下半身のベルトを分けているので、ベルトが突っ張ることがなく、より動きやすくなっています。
3Mのフルハーネス型安全帯には40年もの長い歴史があるので、安全性能は洗練され、ほぼ完成されているんですよ。ですので、最近では安全性よりも作業性が進化してきました。
安全性だけを追求することはできます。ただ、それで使い勝手が悪かったら、どれだけ安全でも使ってくれませんし、動きやすいように着崩してしまったら元も子もないですよね。
だからこそ、安全性と作業性は両立させなければいけません。
40年以上蓄積された、実用性の高いフルハーネス型安全帯をつくるための経験とユーザーの声を、製品にフィードバックし続けてきたことが、3Mのフルハーネス型安全帯の一番の強みでもあります。
建設現場から落下するのは人だけじゃない
――フルハーネス型安全帯以外の製品で販売に注力していくものは。
中辻? 墜落制止用製品と聞くと、日本ではどうしても「胴ベルト型安全帯とランヤード」、もしくは「フルハーネス型安全帯とランヤード」という認識になりがちですが、3Mでは「A」「B」「C」「D」「E」「F」という6つのソリューションを展開しています。
Aは「Anchorage Connectors」、アンカー類ですね。フルハーネス型安全帯を着用していても、ランヤードを掛けられる箇所がなければ、当然地面まで落ちますから。3Mでは、H鋼に取り付けることでアンカーポイントを造れる「固定式ビームアンカー」などを販売しています。
Bは「Body Support」は、フルハーネス型安全帯のこと。Cは「Connectors」で、アンカーとフルハーネス型安全帯を繋げるもの、つまりランヤードのことですね。
Dは「Descent and Rescue」。ちょっと分かりにくい言葉ですが、降下・救助器具のことを指します。墜落した方が自分で降りたり、救助者が助けるための器具ですね。Eは「Education」で、先ほどお話したデモンストレーショントラックやプロモーションムービーを使った啓蒙活動を指します。
最後に、Fは「Fall Protection for Tools」。人の墜落ではなく、落下するモノから人を守るための製品のことです。
フルハーネス型安全帯の話からは離れてしまいますが、工具の落下は日本でも非常に大きな問題となっています。
先ほど、日本の職人はかなりの数の工具を携帯するという話をしました。2017年には、工具などの落下物が原因の死傷者は6,374人、このうち43人もの方が亡くなっていることは、あまり知られていません。
3Mの行った実験では、3.6kgのレンチを60mの高さから落下させると、衝撃荷重は1tを超え、ヘルメットやコンクリートも簡単に破壊するほどの威力となり、小さな工具でも高所から落下すれば、重大な労働災害につながります。
工具の落下による事故は海外でも数多く発生しています。こうした状況を鑑み、3Mではポーチやホルスターなどの工具落下防止用製品を、昨年7月から日本でも販売しています。
3Mでは、高所作業に係るすべての方の安全を守るため、フルハーネス型安全帯だけでなく、トータルで提案していきたいと考えています。