土木業界のダイバーシティ
――ご自身が退職されてから、土木との関わりはなくなってしまいましたか。
仕事は続けていましたが、気持ち的には土木をすっぱり切っていました。特に大学の同級生や研究室のお付き合いを避けていました。30代は皆面白そうな仕事をしていて、私以外のすべての方が活躍しているように思えました。この時期は、退職したシンクタンクの関西支社と嘱託契約を結び、土木とは関係のない分野の仕事に関わる機会をもらいました。
――そこから、どのような経緯で再び土木に携わられることになったのですか。
札幌の小さなシンクタンクに勤務していた時、あるプロジェクトで、ソフトウェアエンジニアのための人間中心設計、ユーザビリティの教育に関する業務を担当しました。勉強するうちにその内容が土木分野にも適用可能で、そしてこれは誰もやっていないことだと気付きました。その時、私が今までやってきたこと、土木業界の仕事の進め方とか、土木分野での研究動向とか、そういう経験や知識が非常に役に立ちました。土木に関する何もかもを、とあえて封印することはないなと気付きました。
――培った経験は色褪せなかったのですね。
土木業界の常識といったものが変わっていなかったということですね。自分の中にあった「土木の基礎」は変わっていませんでした。物理法則と同じで、基本は変わらないのだと実感しましたね。
――そこで土木と再び繋がったのは運命的なものがありますね。
「土木から足を洗いました!」なんて言っていましたけど、土木技術者女性の会も、土木学会の会員も続けていました。2006年ごろに土木学会の男女共同参画の委員会に委員として来ませんかというお話もいただき、20年ぶりくらいで四谷の土木学会に伺ったあたりが土木に復帰した時期でしょうか。
――そういったご経験から、土木を辞めた若手が、将来やっぱり土木に戻りたいと思ってくれるためにどうしたら良いと思われますか。
土木業界のみなさんは、「戻りたいなら戻してあげる」ではなくて、「戻ってくる人がいるかも!」という前提で、ウェルカムな姿勢を示し続けることが大切だと思います。決してネガティブな姿勢を出してはいけない。今までのような、「女子は取りません」とか「経験何年以上じゃないと取りません」「一日何時間以上、残業必須」という数々のネガティブメッセージを発信しないことですね。
――具体的にはどのようにしていけばよいでしょう。
特に組織トップの方々にお願いしたいことがあります。「少しの間でもご一緒した方は、今でも仲間ですよ」と言っていただきたい。私のいたシンクタンクには辞めた人を「卒業生」と呼ぶ文化があります。私も今でも昔の同僚とのおつきあいがあります。また、大学の仲間も、今どこで働いていても、専業主婦であっても仲間だよって受け入れてくれます。私から距離を置いた時期はありましたが、蓋を開けてみたら、「なんだ、大丈夫じゃん!」でした。そういうメッセージを受け入れる側から出していただきたい。「戻ってきたいなら入れてあげる」ではなくて、「戻ってきて欲しい」「いつでも待っていますよ」「用意はしていますよ」と。
――今、組織や土木業界としてそういった取り組みはないですね。
それが土木業界全体としての取り組むべき仕事じゃないかと思います。お辞めになる方はみなさん、個人の問題だと思っていますが、実は複数の組織に共通する問題もあります。再び「個人の問題は解決していませんが戻る気ありますか」では戻りたくても戻れません。受け入れたいという姿勢を、公式にも非公式にも出してほしいですね。
――確かに、このままでは有望な若手を土木以外の業界に取られてしまいます。
戻りたいと思って、元の会社と初めての会社とどちらにしようか迷ったとき、元いた会社の方が組織の文化、歴史などを知っているなどのメリットがあるけれど、初めての会社の方が「ウェルカムです!」と言ってくれていたらどうするかということですね。今、業界は人手不足なのに、ウェルカムであるという意思を示さない理由はありません。
――戻ってきても、「あいつは一度土木を捨てた奴だ」って言われないか心配です…。
今は言う方がいるかもしれませんが、多様な経歴の人達が出たり入ったりするのが普通になれば、気にならなくなるのではないでしょうか。そうなるように働きかけていきたいですね。今は1社で駄目だったらもう土木を諦めるしかありません。
土木技術者女性の会では、今どこに勤めているかとか、働いているかは関係なく、土木に関わりがあると思っている方なら誰でも歓迎です。土木学会でも同じです。この状況が企業などにも広がって欲しいです。